「燃え尽き」の定義をめぐる混乱

 1970年代に「燃え尽き」という言葉が生まれてから半世紀の間、医学界では、それをどのように定義すべきかをめぐる論争が続いてきた。論争が激化するなか、2019年5月、WHOがその混乱にいっそう拍車をかけてしまったのかもしれない。このとき、WHOが「国際疾病分類」の最新版(ICD-11)に「燃え尽き症候群」を盛り込むと、燃え尽き症候群が病気として認定されたと受け止められた。

 これに対し、WHOはただちに声明を発表した。「燃え尽き症候群がICD-11に記載されたのは、職業上の現象としてであり、医療上の病気としてではない……人が医療サービスに相談する理由にはなりうるが、病気や医療上の症状と位置づけられたわけではない」

 WHOは燃え尽き対策の指針づくりに取り組み始めたが、ほとんどの組織は、どのような対策を講じればよいか途方に暮れているのが現状だ。燃え尽きが病気ではないと明確化されたことを考えると、問題は、雇用主の法的責任よりも、社員の幸福感に及ぶ影響と莫大なコストと言える。

あまりに大きな経済的・情緒的代償

 スタンフォード大学の研究チームは、米国で職場のストレスが医療コストと人々の生死に及ぼしている影響を調べた。それによると、職場のストレスが原因で発生する医療コストは年間1900億ドル近く。これは、米国の医療費支出全体の約8%に相当する。それによる死者は、年間12万人近くに上る。

 世界全体で見ると、職場のストレスが原因による抑鬱や不安にさいなまれている人は6億1500万人。それによる生産性の低下が生む経済損失は、最近のWHOの調査によれば年間1兆ドルと推計されている。

 医師や看護師など、情熱に突き動かされて働くケア労働の仕事は、特に燃え尽き状態に陥りやすい職種の一つだ。ときには、それが生命に関わる。ケア労働に携わる人の自殺率は、社会全般に比べて大幅に高い(男性は1.4倍、女性は2.3倍)。

 ぞっとするデータは、ほかにもある。米国心理学会(APA)によれば、社員の幸福度を高める仕組みを設けていない企業は、退職率が高く、生産性が低く、医療費支出が多い。また、職場のプレッシャーが強い企業は、そうでない企業に比べて医療費支出が1.5倍に達する

 職場のストレスが米国にもたらしている経済損失は、推計で年間5000億ドル以上。職場のストレスが原因の欠勤や休職の日数は、年間5億5000万日に上る。APAの別の調査によれば、燃え尽き状態に陥った社員は、そうでない社員に比べて、積極的に転職先を探す確率が2.6倍に達し、病欠する確率が63%、救急治療室で治療を受ける確率も23%多いという。

 これは見過ごせない問題だ。しかし、リーダーにとって、この問題に適切な対策を講じることは気が遠くなるほど難しく思える場合もあるだろう。

 それは、燃え尽き症候群という現象がきわめて曖昧に思えたり、手に負えないほど手ごわく感じられたりすることが原因なのかもしれない。たしかに、専門家が定義を確立できていない状況では、マネジャーが燃え尽きを予防することは簡単でない。