個人の問題ではなく組織の問題
燃え尽き対策の一般的なアプローチが見当違いのものになっていると指摘するのは、燃え尽きの最高権威であるカリフォルニア大学バークレー校のクリスティーナ・マスラック名誉教授(社会心理学)だ。燃え尽きの度合いを測る基準のゴールドスタンダードである「マスラック・バーンアウト・インベントリー(MBI)」と、ある人が置かれている職場状況がどの程度燃え尽きを生みやすいかを診断するための「エリアズ・オブ・ワークプレイス・サーベイ(AWS)」の考案者の一人でもある。
マスラックは、WHOが燃え尽き症候群をIDC11に記載したことに懸念を抱いている。「燃え尽きが病気と見なされれば、それは組織の問題というより個人の問題だと位置づけられてしまう」というのだ。「そうなると、『あの人を治療しなければ』とか、『あなたには辞めてもらいます。あなたに問題があるからです』『あの人物を取り除かなくてはならない』といった発想になり、組織の責任が問われなくなる」
その通りなのかもしれない。世論調査会社のギャラップは、組織にフルタイムで雇われている7500人を対象に調査を実施している。その調査によると、燃え尽きが起きる主な原因が5つあることがわかった。
(1)職場での不公正な扱い
(2)対処不能なほど過大な業務量
(3)求められる役割についての明確性の欠如
(4)マネジャーとのコミュニケーション不足、マネジャーによる支援不足
(5)非合理な時間的プレッシャー
これを見ればわかるように、燃え尽きは、当事者の社員自身が原因で起きるわけではない。また、リーダーが問題の根を絶つための対策を講じれば、燃え尽きを防げることも明らかだ。
私たちが話を聞いたとき、マスラックは、カナリアを例えに用いて説明してくれた。カナリアたちは、最初は元気よくさえずっていた。しかし、炭鉱の中に運び込まれて、やがて煤だらけで外に出てきたときは、具合が悪くなっていて、さえずることはなくなっていた。カナリアたちが病気になった理由は明らかだった。炭鉱がカナリアたちの健康を蝕んだのだ。
そんなカナリアの姿を思い浮かべて、私は愕然とした。なるほど、楽観的思考、感謝の気持ち、将来への希望など、感情的知性(EI:emotional intelligence)を育めば、個人の成功を強力に後押しできる場合がある。しかし、燃え尽きに苦しめられている人がいる場合は、立ち止まって、その原因を問うべきなのである。
絶対に避けるべき発言がある。その人がもっとやり抜く力を発揮したり、ヨガのレッスンを受けたり、マインドフルネスの講座に参加したりしていれば、燃え尽きずに済んだのではないかといった類いのことは、間違っても言うべきではない。
私は長年、リーダーが共感の精神と楽観的思考を実践することの重要性を説いてきた。仕事の成果を高め、より幸せな人生を送るためには、感謝の気持ちを表現するスキルを磨くことが有効だとも思っている。ストレスに対処するためにレジリエンスを強化することも勧めている。
だが、こうしたスキルがあっても燃え尽き症候群は治療できないし、予防もできない。では、どうすべきなのか。
リーダーはまず、スタッフを不健全な状態に追いやっている要因は何かと自問しよう。なぜ、現在の職場では社員が輝けないのか。どうすれば、社員が日々安全に働ける職場をつくれるのか。データを細かく検討したり、どうすれば仕事がもっと快適になるかを社員に尋ねたりすべきだ。それに加えて、自分の組織でメンバーのモチベーションを高める要因と、不満を生む要因についても理解を深める必要がある。