性差別バイアスを排す
特集「女性の力」の第1論文の著者メリンダ・ゲイツ氏の近著『いま、翔び立つとき』(光文社、2019年)を読むと、メリンダ氏が論文を書くに至った経緯がわかります。
ビル・ゲイツ氏と結婚したことで資産家になるメリンダ氏ですが、私たちと同じ"普通の人"なのです。人前で話すのは苦手で、第1子が生まれた頃はフェミニストの意味も実は分からなかった(が、今では熱心なフェミニスト)と告白します。困窮な人を支援したいけど限度がある、とも考えていました。
そんな彼女が途上国支援の中で、気がつき、言動を変えていく様子が同書では描かれています。気づきの1つに、地域ごとに適切な避妊法があります。家計に見合った子供の数で出産制限したいと思う途上国の女性に対して、先進国の支援はコンドームの供給で応えますが、効果がありません。コンドームの使用を夫に提案すると暴力を振るわれるからです。
不貞によるエイズ感染の防止と勘ぐられるため、とメリンダ氏は女性から知らされ、以降、避妊薬投与などの普及に切り替えます。先進国での常識が世界で通用するという"バイアス"が、途上国の状況改善を妨げていたのです。
特集での日本人の論考では、篠田真貴子氏と岩田喜美枝氏の2人ともが、日本における根深い問題として、「男は仕事、女は家事・育児」などの性差別バイアスを指摘します。バイアスと根を同じくする慣習や習慣は、変化のない社会では効率的である利点があり、「あ・うん」の呼吸や忖度は良い面もあります。
しかし、間違ったバイアスは撤廃・矯正しなければいけません。非効率化した規制を撤廃する際、抵抗するのは既得権。性差別の場合、既得権は男がもち、岩盤は強固です。
特集ではバイアスの矯正法として、「存在を知らしめ、意識して修正」を提示していますが、最近、関連本の発行が増えています。山口慎太郎著『「家族の幸せ」の経済学』(光文社、2019年)は、育休取得の男性は周囲から冷たい目で見られ、昇進に影響しないかという思い込みが誤りであることを、ノルウェーで実証した事例を紹介しています。
昨年創刊したフェミマガジン『エトセトラ』VOL.2の特集では、かつてはテレビでいじられるフェミニストというイメージだった元法政大学教授の田嶋陽子氏の功績を丁寧に伝えています。
『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』(大和書房、2020年)は、東京大学名誉教授の上野千鶴子氏に対して、漫画家の田房永子氏が、普通の人がフェミニズムに抱く質問を投げかけ、色々なバイアスを解いていく議論を展開しています。
また、大学医学部入試での女性差別や、就職活動やメディアの取材活動におけるセクハラなど問題は多発する一方、それが表沙汰になっています。メディアで働く女性ネットワーク(WiMN)が編著者の『マスコミ・セクハラ白書』(文藝春秋、2020年)は、こうした最近の事件について論考しています。
SNSの普及などにより、今号のメリンダ氏の論文にある通り、女性たちによる体験の共有が日本でも広がっているようです。一連の流れを、真の男女平等の実現につなげていきたいものです。
クレイトン・クリステンセン氏の追悼特集では、代表的な3つの分野の名著論文を再掲しましたが、もう1つ重要な分野の著書に『繁栄のパラドクス』(ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年)があります。いかに途上国に繁栄をもたらすか。バイアスを排し、現実を直視して、考えることを提唱しています。
そのエッセンスは、DHBR2019年5月号の巻頭論文「市場創造型イノベーションがフロンティア経済を活性化する」でお読みいただけます(編集長・大坪 亮)。