異質な存在を許せるか、受け止められるか
日本企業が直面する重要な経営課題としては、昨今の人材の流動化とダイバーシティの促進も挙げられる。「知を有しているのは、あくまで人間です。組織においても人材の流動化を進め、多様性を促すことで、様々な意見を衝突させる。それが知の探索となり、イノベーションを生む活力となるのです」と入山氏は力を込める。
ただ、その過程で組織内に軋轢が生じるのは必至だ。入山氏は、多くの日本企業がダイバーシティ経営の強化を掲げているものの、実行する難しさに対する理解は不足している、と指摘する。
「ダイバーシティに表向き反対する人は少ないでしょう」。しかし、現実にダイバーシティで何が起きるかというと、平たく言えば…と続ける。
「あなたがベテラン管理職だとしましょう。会議中にはるか年下の、もしかしたら女性の部下から、『そのお考えは今の時代に通用しませんよ』と言われる可能性がある。それがダイバーシティです。その時にも腹を立てず、きちんとそれを意見として受け止められるか、ということなんです」
実際問題、どれだけの人がイラっとせず、オープンマインドでいられるだろうか。とはいえ、その必要性があることは頭ではわかっている。だからこそ難しい。
さらに、AI(人工知能)やRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を筆頭とした自動化の動きも本格化している。
「なぜデジタルを導入するのか、自動化するのか。それは、ルーティンワークをAIやRPAに肩代わりさせ、人には人にしかできない仕事をしてもらうためです」
これまで日本企業が得意としてきた「知の深化」は、実は、無駄を省き、大量にミスなくこなすことができる機械のほうが得意である。一方、「知の探索」は、一見無駄に思えるもの多く、失敗も多い。しかし、これは人にしかできない。したがって知の探索を進めるほど、「やっかいな人」との付き合いに対応する必要が出てくるのだ。
このように、時代の流れすべてが「やっかいな人」との付き合いを求めてくるのである。
感情と認知を分けるのがコツ
異質な人の意見を受け止められるか。摩擦をよりよいベクトルに変えるコミュニケーションのコツは何か。最後に入山氏は、『やっかいな人のマネジメント』に書かれてある対処法を総括した。そのポイントは、「感情と認知を使い分ける心理マネジメント」だという。
人間の心理は、主に認知と感情からなる。認知とは、外部から収集した情報を処理してアウトプットすることをいい、思考ともいう。一方、感情は、物事や人間などに対して抱く気持ちだ。認知と感情は、脳内で相互依存の関係にあるが、そのメカニズムや人間に与える影響は大きく異なる。
感情と認知の理解は、世界の経営学でもホットなテーマだという。『世界標準の経営理論』でも、心理学などをベースとして認知や感情の理論を深く解説している。その詳細は同著をご覧いただくとして、講演ではやっかいな人をマネジメントするポイントを3つ挙げた。
・人は論理では動かない
・人と自分は認知フィルターが異なる
・人は変えられない
「まず、人間は物事の理解は『認知』を使うが、行動へと突き動かすのは『感情』であることを理解すべきでしょう」
やっかいな人への対処で犯しがちなミスが、論理で説き伏せて行動を迫ることだと、入山氏は指摘する。頭の切れる若手社員にありがちで、その点、日本電産の永守重信氏や、ユニ・リーバの名経営者ポール・ポールマン氏の采配は絶妙だという。
「人間は理屈を理解しても、感情的に納得しないと行動には移さない。ですから、認知だけではなく、感情をマネジメントすることが重要なのです」
次のポイントは、自分の認知と他者の認知は異なることを常に意識して対処することだ。
「人間は、自分が見ている世界と、相手が見ている世界は同じだと思いがちですが、現実は残念ながら違います。人それぞれ認知フィルターが異なり、たとえ同じ事態に遭遇しても、受け取り方や見方は異なるのです」
同じモノを見ていても、同じことを考えているとは限らない。異質な人との交流であれば、なおのことそのギャップは大きくなる。そこで交流を深めていくためにも、自分の視点を押し付けず、相手の視点に立つことが大切だ。
最後に、「相手は変えられない」という前提で付き合うことだ。親が子に、上司が部下に物申す際、相手の考えや行動を自分が好む方向に変えたいという気持ちが働きがちである。しかしそれは、基本的には無理だと思った方がいい。例えば経営共創基盤の富山和彦氏の企業再生の手腕は、そうした人間の本質を踏まえているからこそだろうと、入山氏は語る。
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労働には大きく分けて、肉体労働、頭脳労働、感情労働の3つの種類がある。技術の進化によって肉体労働はロボット、頭脳労働はAIやRPAなどに代替が進んでいくが、感情労働は一番置き換えられにくい。感情に訴えるサービスもますます増えていくだろう。
『やっかいな人のマネジメント』には、心理学などに基づいて感情をマネジメントする処方箋が数多く載っている。これまでビジネス界では、論理的思考を筆頭に認知系スキルの取得が優先されてきたが、「今後、感情をマネジメントする重要性はますます高まるでしょう」と入山氏は断言する。
2020年2月5日、ダイヤモンド社にて開催。
※本イベントで行われた元ウーバー・ジャパン ロビイング責任者の安永修章氏との対談編はこちら(前編・後編)。