以上の考え方がどの程度正しいかを調べるために、私たちは実験を行った

 第1の実験は、カナダの大学でビジネスを学ぶ学部生115人(59%が女性)を対象に実施した。すべて、大学の就業体験プログラムに登録している学生たちだ。

 プログラムで就業体験に入る前に、学生たちにオンライン学習をさせ、20世紀初頭の人々の暮らしを説明した短い文章を読ませた。その際、半数の学生には、女性に対する過去の不正義を説明した文章を読ませた。当時の女性は選挙の投票権がなく、財産所有権が認められていなかったことなどが記されていた。

 一方、もう半数の学生には、コンピュータやスマートフォンが登場する前の生活に関する一般的な文章を読ませた。この文章では、ジェンダーの不平等について触れていない。

 それらの文章を読ませたあと、今日のジェンダー差別についての学生たちの考え方を調べた。「女性は、実際には差別されていなくても、差別を受けたと主張することが多い」「カナダの社会は、成功するためのチャンスを男女に等しく与えている」といった記述を示して、それに対する賛否の度合いを回答させた。具体的には、「強く反対する」(=1)から「強く賛成する」(=7)までの7段階評価での回答を求めた。そして最後に、就業体験プログラムで女性を対象にした雇用機会均等制度をどの程度支持するかも尋ねた。

 結果は予想通りだった。過去の女性差別に関する文章を読んだ男子学生は、別の内容の文章を読んだ男子学生に比べて、自己防衛的な反応を示す傾向が目立った。いまジェンダー差別が存在することを否定し、雇用機会均等制度をあまり支持しなかったのだ。一方、女子学生は、どちらの文章を読んだかに関係なく、現在もジェンダー差別が存在していると考えていて、雇用機会均等制度を支持する傾向が見られた。

 この実験結果は、過去の不正義を再確認させると逆効果になる場合があるという仮説を裏づける、一つの材料と言えるだろう。

 しかし、大学生は仕事や人生の経験が乏しく、雇用機会均等制度の必要性を適切に評価することが難しい場合がある。そこで次の実験では、米国ですでに雇われて働いている241人を対象にした。内訳は、女性が44%、男性が56%。平均年齢は37歳。仕事の経験は平均14年だ。

 この実験でも結果は同様だった。男性は、過去の女性差別と今日の差別是正措置を結びつけて説明された場合、いまも女性差別が存在することを否定する傾向が見られた。女性には、そのような傾向が見られなかった。

 別の研究では、ビジネス専攻の学部生335人を対象にした(53%が女性)。この実験では、ジェンダーに関する集合的自尊心、つまり自分の性別に属していることをどれくらい好ましく感じているかも調べてみた。

 この実験で最初の実験と同じことを行ったところ、過去の女性差別に関する文章を読んだ男子学生は、集合的自尊心が落ち込む傾向があった。それに対し、女子学生の集合的自尊心は、読んだ内容に影響を受けなかった。そして、集合的自尊心が低下した男子学生たちは、ジェンダーに基づく雇用機会均等制度への支持が弱かった。

 以上の実験結果からうかがえるのは、男性に差別の歴史を指摘すると、社会的アイデンティティが脅かされる結果、現在の差別を直視しなくなり、不平等を緩和するための措置への支持も弱まるという関係だ。