現在、米国の代表的な株価指数であるS&P500の構成企業では、女性CEOの割合はわずか5.6%、女性取締役の割合は21%にとどまっている。こうした不平等を改めるために、各国政府やさまざまな団体が、職場のダイバーシティや平等を促進するための措置を実施している。
米国のアファーマティブ・アクション(積極的差別撤廃措置)や、カナダの雇用機会均等制度などがそうだ。カナダでは特にそうだが、この種の措置が導入される際、過去の差別に言及されることが多い。
たとえば、カナダではしばしば、雇用機会均等制度を実施する理由として、歴史的に女性がさまざまな教育・就労機会から締め出されてきた事実が指摘される。
米国の場合、今日ではアファーマティブ・アクションに関連して、過去の不平等にはっきりと言及されることはなくなったが、もともとこの制度の核を成す考え方は、過去の差別を是正することにあった。実際、米国で雇われて働いている男女100人を対象に私たちが実施した調査によれば、58%の人は、職場のダイバーシティや平等を促進するためのプログラムを、歴史的不正義を是正する手段だと強く考えていた。
このような発想は、一見すると説得力がありそうに思える。さまざまな機関や組織が過去の不正義を強調しているのは、過去の組織的抑圧が今日の不平等を生んだという現実への理解を深めたいと考えているからだ。
しかし、「社会的アイデンティティ理論」と呼ばれる考え方に基づくと、過去の不正義を強調しすぎれば逆効果になりかねないのではないかと、私たちは考えた。つまり、男性がジェンダー差別の存在を否定し、差別是正のための取り組みを支持しなくなる恐れがあるように思える。
社会的アイデンティティ理論によれば、人はみずからのアイデンティティと自尊心を所属集団(性別、人種、宗教、政治的グループ、さらには応援しているスポーツチームなど)から得ている面がある。そのため、その集団に関する好ましいイメージを守ろうという意欲を強く持つ。
ある人がみずからの過去の不正義を突きつけられると、自己イメージが揺らぐのと同じように、その人が所属する集団の過去の不正義を突きつけられると、社会的アイデンティティが揺らぐ可能性がある。そこで、人は、みずからの所属集団が批判されたと感じたとき、自己防衛のために批判を矮小化したり、批判をそらしたりする。
社会的アイデンティティ理論によれば、歴史的に有利な立場にあった男性たちは、女性に対する過去の不正義の証拠を突きつけられると、自己防衛的な態度を取ると予想できるのだ。