
インド政府が高額紙幣の利用を突如禁じた廃貨政策には、賛同の声もあれば、批判の声も上がった。筆者らは当初から、その政策は国を挙げてデジタルトランスフォーメーションを推進する一部にすぎないと指摘し、同国はその後、デジタルファースト・エコノミーの実現に向けた歩みを着実に進めている。ただし、そのすべてが奏功したわけではない。本稿では、インドのデジタルトランスフォーメションの軌跡を振り返りながら、その取り組みを具体的に評価する。
高額紙幣を経済から取り除く、というインドの廃貨政策が実現してから、2年余りが経過した。この大胆な動きは、支持、混乱、批判が入り混じった反応で迎えられた。
筆者らは2017年11月に寄稿した分析記事の中で、この通貨廃止はインドのより大規模で戦略的なデジタルトランスフォーメーションの一部にすぎないと論じた。以降、インドにおける制度面と経済面の進化はさまざまな形で加速した。これらの改革の中には、早々に反応が現れて問題の是正につながっているものもある。
廃貨が実施され、インドの銀行が10億枚ものデビットカードを発行して以降、デジタル決済が著しく増えた。とはいえ、インドの消費者の多くは依然として現金取引に頼っている。
これほどの規模の国を、1つの政策でキャッシュレスへと向かわせることはできない。しかし廃貨は、インド経済における金銭の追跡可能性の不足と匿名性を著しく減らすことに成功した。すべての通貨が正規の銀行チャネルを経由するようにしたからだ。
現時点での現金の需要と、経済の歴史的な高成長を照らし合わせ、筆者らは次のような計算をしてみた。インド経済は、廃貨をしていなかった場合よりも廃貨後の現在のほうが、推計330億ドル少ない現金で動いている(20年の長期トレンドで見た流通通貨の増加率を、廃貨後に当てはめて推計。予測した通貨量と実際の通貨量の差異が、廃貨による流通減の推計値となる)。より大規模なデジタルバンキングへの移行を実現するために必要な行動変容は、一夜にして起こるものではなく、1年でも足りないことは明らかだ。
一方、人口世界第2位にして最大の民主主義国家であるこの国の、デジタルの根幹部分は発展を続けている。5年前といまを比べても、筆者ら(うち一人は研究者、もう一人はインド政府での仕事の経験があるハイテク起業家)の見るところ、インドは第四次産業革命へとリープフロッグ的発展を遂げている最中だ。このトランスフォーメーションの中心には、やはり政府の存在がある。
この大きな転換において何がうまくいき、何が奏功しなかったのか、いくつかの事例を見てみよう。