本がいかに従業員の経験を形づくるか

 フィクションが職場で役立つ理由の一つは、異質な世界の登場人物や筋書き、設定だからこそ、難しい議論をすることが可能になることだ。物語のおかげで、参加者たちは寛容かつ正直な態度で、気遣いを要する微妙な問題について話し合える。

 たとえば、フィクションをグループで読むことを通して、組織の文化形成をサポートする非営利団体Books@Workのファシリテーター、ナンシー・キダーは、チヌア・アチェベの短編 “Dead Man's Path”(未訳)について、ある職場で話し合ったときのことを覚えている。マイケル・オビという名のナイジェリアの校長が、田舎の学校を近代化しようとして、無残に失敗する短編である。

 この物語についてチームで話し合っているとき、メンバー同士が各自の仕事に関する話をする際の新たな共通言語を身につけたことに、チームリーダーは気づいたという。「私はこうして実行に移しました」とチームの一人が言った。「ただし、私はここでマイケル・オビにはなりたくない」

 真の共有とは、単に皆で夢中になれる読み物を読むだけで、達成できることも少なくない。ハーバード大学教授であり、同校で企業倫理を担当するジョセフ L. バダラッコ,Jr.が講義の課題として扱う本には、アチェベの作品以外に、ソポクレスの『アンティゴネ』、カズオ・イシグロの『日の名残り』、それに若くて経験の浅い船長が重要な決断を迫られるジョゼフ・コンラッドの短編『秘密の同居人』などが含まれる。

 バダラッコは2013年、「HBR IdeaCast」で、フィクションはありきたりな善対悪というテーマを複雑にすることができると語った。

 優れた文学作品にはしばしば、どちらも正しいが相反する見解を持つ登場人物が出てくる。ビジネス書はその性質上、こちらが正しくてあちらは間違いだと、問題を二分できるようになるまで煮詰める。かたや文学作品は、たとえば国への忠誠心を誓うセリオンと家族や道義に献身するアンティゴネが等しく正当な見解を持っているという具合に、バダラッコのもとで学ぶ学生たちに、簡単に解決できない状況を提示する。

 未来のビジネスリーダーたちは、本で読んだこととまったく同一の状況には遭遇しないだろうが、読んだことを膨らませて、いくつもの競合する見解を理解して、対処することができるだろう。

 キダーの経験によると、読書と話し合いに参加する人たちは、より積極的に難問に立ち向かう。キダーの読書会に参加すると、どのように伝統と革新のバランスを保つのか、どんな場合に他人の観点を見過ごしてしまうのか、どうすればもっと注意を払って互いの意見を聞くようになるのかを熟考する経験が得られる。

 たとえば、コミュニティのつながりについて活発に話し合いたいならば、オクテイヴィア・バトラーの『キンドレッド:きずなの招喚』を読むといいかもしれない。これは、人種というものが個人の経験をいかに形づくるかについて考えさせるSFである。

 見慣れたことをいつもと異なる視点から見たい人たちは、ジョージ・ソーンダーズの短編「子犬」を読むのもいい。子どもたちは子犬を欲しがっているが、その子犬の飼い主が、実は男の子を手綱でつないでいたことに気づく話である。

 こうした本を読む目的は、認知上の機敏さや鋭敏さを高めることにある。必要とされている心のスキルを養うための読書なのである。