
黒人男性ジョージ・フロイドが白人警察官に殺害された事件は全米に衝撃をもたらし、黒人差別への抗議運動「ブラック・ライブズ・マター」がいっきに広がった。学歴や社会的地位とは無関係に、米国で暮らす黒人のほとんどが過去に何らかの人種差別を経験しており、フロイドの死がトラウマの引き金になったと筆者は指摘する。企業は大きな不安を抱える黒人従業員を、いかにサポートすべきなのか。
最初のメールが届いたのは、6月1日月曜日の午前8時だった。送り主は、ある会社のダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン(DEI)部長だ。「ここ数日の出来事に関連して、当社の黒人従業員の支援にお越しいただくことは可能でしょうか」
午前10時までに、メールのトーンは変わっていた。「黒人従業員が、自分たちのメンタルヘルスについて話を聞いてくれる人物を連れてきてほしいと、経営陣に要求しています」
正午までに、筆者のメール受信箱は似たような依頼や訴えで一杯になった[訳注]。そのメールに目を通し、全米各地のHR部長やDEI部長と簡単なオンライン・ミーティングを持った結果、あることがはっきりしてきた。リーダーたちは圧倒されていた。そして黒人従業員をどうサポートすればいいか、途方に暮れていた。
本稿では、こうした問合せに対する筆者の回答を紹介したい。あなたの会社で同じような問題が生じたとき、対応の参考になるかもしれないからだ。
何よりも理解しなくてはいけないのは、米国の黒人は、白人警察官に殺されるジョージ・フロイドに、自分の姿を重ね合わせていることだ。
フロイドが死に至るまでの8分46秒間に、私たち黒人は恐怖におののき、怒り、苦悶した。あれは私たちの夫、きょうだい、息子、甥、いとこ、あるいは私たち自身だったかもしれない。米国の黒人全員がトラウマを被ったのだ。
トラウマとは、恐ろしい経験や命を脅かされる経験をした後に生じる、重い心理的苦痛をいう。フロイド殺害の前後を含む一連の無慈悲な光景は、米国の黒人に人種的なトラウマをもたらした。
人種的トラウマの中核に存在するのは、人種差別だ。人種差別は、構造的人種差別、個人間の人種差別、そして内在化された人種差別という3つの形をとり、それぞれが慢性的なストレス要因となる。
構造的人種差別は、イデオロギーや制度や政策が、人種的・民族的な不平等を生み出す仕組みになっていると生じる。個人間の人種差別は、2人以上の人のあいだで生じ、頑固な偏見や先入観、バイアス、そして無自覚の差別的言動といった形をとる。内在化された人種差別は、特定の人種に関するネガティブなステレオタイプや社会通念を、事実のように受け入れてしまうことをいう。
米国の黒人のほとんどは、学歴や社会経済的な地位や肩書きにかかわらず、その中の1つ以上の人種差別を毎日経験している。だが、フロイドの無残な死により、人種差別は慢性的なストレス要因から、トラウマの引き金となった。