●目的に適した手段を見出す
ドーチェスター・コレクションは、世界トップクラスの優雅なホテル9棟を擁するホテルグループであり、今後もそうありたいと望んでいる。
卓越したサービスを維持すべく、2017年に同社はホテル従業員に対し、詳細なデジタルのチェックリストを与えた。チェック項目の例として、「お客様に新聞のお渡しについてお尋ねする。ただし、宗教や政治に関する自分の選好は見せないこと」「ルームサービスのオプションについてお伝えする」などがあった。
項目の中には、人間味のある接客を促すためのものもあった。たとえば「フロントに初めてお越しになるお客様に対しては、目を3秒間見る」。同社は覆面調査員を使って従業員を査定し、アイコンタクトが短すぎる、または長すぎる者は減給された。
こうした綿密な指導の結果、従業員は不安を募らせ、客の実際の行動よりもチェックリストを強く意識するようになった。客を純粋に一人の個人として見るのをやめ、全員を同じように扱うようになったのである。
そこでドーチェスターは、違うやり方を試行した。チェックリストを廃止し、従業員自身の判断にもとづいて、個々の客とやり取りをするよう奨励したのだ。
同社はその後、著名な客との交流にまつわるストーリーを記録・共有する「壁は知っている」という社内施策を始めた。
あるホテルのピアニストは、誰かが演奏に合わせて歌うのを渋々ながら許していたが、その歌い手は実はホイットニー・ヒューストンだった。ある従業員は1941年12月7日、たったいま真珠湾が攻撃されたことをフランク・シナトラに伝えた――。
こうした逸話によって、従業員たちは、客は生身の人間であり、このホテルは輝かしい過去を誇る施設なのだと見なすようになった。チェックリストは効果的なツールとなりうるが、高度に個人化されたサービスを目指す場合には適していないのである。