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医療界は長らく、医療物資の供給に関する重大な問題を抱えている。取引記録が残っていなかったり、劣悪な製品が市場に出回ったり、運搬途中で盗難にあったりということは珍しくない。新型コロナウイルス感染症のワクチンや治療薬が開発されたとしても、それを必要とする人たちに届けられる保証はないのだ。この問題の解決に寄与すると期待されているのが、ブロックチェーンである。


 新型コロナウイルス感染症が拡大し始めた初期から、ニューヨーク、アトランタ、サンフランシスコなど、米国各地の有力医療機関は、基本的な防護具の不足に悩まされ続けてきた。マスクや防護服、フェイスシールドはことごとく足りておらず、これらの物資を確保しようとする医療機関や政府機関の関係者は、安定的に納入できる業者を探そうと躍起になっている。

 一医療現場では、検査キットの不足も深刻だ。専門家によれば、経済を再開するためには大量の検査が不可欠とされているのだが……。

 コロナ禍で需要が一挙に膨れ上がった結果、医療機関は、長年利用してきた調達ルートに頼るだけでは、十分な量の医療物資を確保できなくなった。そのため、新しい納入業者を素早く見つけ、物資の配分も見直す必要が出てきている。

 こうした状況は、医療物資の供給に関して、昔からくすぶっていた問題が改めて浮き彫りにした。米国の疾病対策センター(CDC)や食品医薬品局(FDA)の当局者は、品質に問題のある人工呼吸器や検査キットが市場に出回っているという警告を発した。一方、連邦政府は最近、品質が定かでない業者に対して、総額1億1000万ドル相当のN95マスクを高値で発注している

 医療物資のサプライチェーンを取り巻く問題は、最近になって持ち上がったものではないし、珍しい問題でもない。その理由は、少し考えればすぐにわかる。

 医療物資のサプライチェーンは世界に広がっていて、しかも複雑を極める。その過程で作成される文書は、いまだに手書きで紙に記録されている場合も少なくない。物資の受け渡しの場や国境を越える場では、医療物資が山積みにされていたりもする。そのため、途中で盗まれたり、品質の問題が生じたりすることがしばしばあるのだ。

 監督官庁や流通業者は、流通網の中に入り込んでしまった劣悪な製品を見つけ出すことに手を焼いている。世界保健機関(WHO)の推計によれば、内服薬、ワクチン、診断キットなどの医療物資の1割は、品質基準を満たしていなかったり、低・中所得国で偽造されたものだったりするという。

 国によっては、盗難の被害のほうが深刻な場合もある。英国規格協会(BSI)の推計では、医薬品の貨物盗難による被害総額は年間10億ドルを上回るという。その半分近くは、米国と英国が占めているとのことだ。

 しかも、現在の混乱はまだ始まりにすぎないのかもしれない。医療物資のサプライチェーンにかかる負荷は、今後いっそう高まる可能性がある。新型コロナウイルスの有効な治療薬やワクチンが開発されれば、少なくとも最初のうちは、まだ供給が足りない状況で、世界中の膨大な数の人たちが同時に、その治療薬やワクチンを欲しがることになる。

 サプライチェーンの弱点を緩和するために、業界が目を向けているのがブロックチェーン技術だ。ブロックチェーンは、利害が対立する複数の組織をまたいで取引が行われる際、正確な情報を安価に、簡便に、そして素早く記録する手立てになる。

 企業は、恒久的に記録される台帳を共有するため、安心して取引ができる。自社のデータに対するコントロールを手放したり、データを公表したりする必要もない。実際のデータの代わりに、数学的証明を用いるからだ。

 また、ブロックチェーンの仕組みは、特定の企業が所有・管理し、ほかのすべての当事者はその企業を信用するしかない、というものではない。この台帳は、ネットワークに参加しているすべてのメンバーによって管理される。

 ブロックチェーンは抑制と均衡の機能を暗号とコードに委ねるので、摩擦を減らし、詐欺をあぶり出し、高速で製品の真実性を保証できるという利点もある。