ネットワークを広げる
ただし、この仕組みには弱点もある。ブロックチェーン技術は、エコシステムを土台にしたテクノロジーだ。したがって、その恩恵が実現するためには、このテクノロジーが広く普及すること、そして、それを支える物理的な仕組みが整うことが不可欠なのだ。
たとえば、この種のシステムがすべての取引で役に立つようになるためには、業界基準をもっと充実させる必要がある。システムの普及は、メーカーがどのようなパッケージを採用しているかに影響される。
詐欺がまかり通っている国では、医薬品の箱にシリアルナンバーを印刷することが要求されていなかったりする。薬局が医薬品をパッケージし直したり、医療機関が調剤システムを利用したりする場合もある。完全なトラック・アンド・トレースを実現するためには、このようなシステムすべてとネットワークを結びつけなくてはならない。
いま医薬品業界では、いっそうの変革を後押しする強力なインセンティブが新たに生まれている。新しい規制が導入されたことで、業界は業界基準の策定に向けた協力をいっそう求められるようになったのだ。
米国で2013年に成立した「医薬品サプライチェーン安全保障法(DSCSA)」は、医薬品が工場から患者の手元に届くまでの全過程でのトラック・アンド・トレースを2023年までに実現するよう、製薬会社に義務づけている。偽造医薬品対策のルールを定めた欧州連合(EU)の「偽造医薬品に関する指令(FMD)」は、製品のパッケージと追跡の両面で不正開封防止策の徹底を求めている。
テクノロジーが進歩し、業界の協力体制も充実すれば、ブロックチェーンを活用することで、疫学的に見て最も緊急性の高い場所に医薬品やワクチンを届けやすくなるかもしれない。医薬品やワクチンが届くスピードも速まるだろう。
透明性が高まることにより、サプライチェーンのどこで流通が停滞しているかを明らかにしやすくなるし、期限切れの医薬品や劣化した医薬品、偽造医薬品を素早く発見して、取り除けるようにもなる。供給が足りていない場所を特定し、ニーズの最も大きい場所へ在庫を効率的に振り向けることも可能になる。
はっきり言えるのは、世界規模の保健上の危機がこれで最後にはならないということだ。ブロックチェーンを上手に活用すれば、前もって予測することの難しい「ブラックスワン」的な重大事態に素早く対応しやすくなるし、日常の業務をより円滑に行えるようにもなる。
本稿では医薬品ビジネスに焦点を当てたが、ここで取り上げた仕組みの土台を成す方法論は、いま供給不足に陥っている個人防護具はもとより、そのほかのあらゆる製品のサプライチェーンに応用できる。
私たちの健康と経済的な幸福は、はるか遠くの国と密接に結びついている。この事実を突きつけられたことで、大きな問題に対処するために世界の資源を有効に活用することの重要性が、ますます明らかになってきた。
ブロックチェーン技術は、それを安全に、そして効率的に実行するための役に立つかもしれない。
HBR.org原文:Why Big Pharma Is Betting on Blockchain, May 29, 2020.
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