
ネットフリックスが業界トップを走り続けられる大きな要因の一つに、優れた人材を確保し、彼らの力を最大限に引き出していることが挙げられる。第3回は、「自主性・当事者意識」「人材選別」「情報共有」という3つの視点で、同社の人事と組織に焦点を当てる。
「ネットフリックスの文化をまとめた『カルチャーデック』は、シリコンバレー史上最も重要な文書かもしれない」(Netflix’s company culture deck may well be the most important document ever to come out of the Valley.)
シェリル・サンドバーグ(フェイスブック COO)
『ブルームバーグ ビジネスウィーク』誌は“Netflix:Flex to the Max(ネットフリックス:最大自由度のある企業)”と題した2007年9月24日の記事の中で、「ネットフリックスは人々がレンタルする行動だけではなく、働き方も変えた」と指摘した[注1]。
前回で簡単に触れたように、ネットフリックスはレイオフで社員が減ったことを逆手に取り、少数精鋭で競争を勝ち抜く体制を整えた。彼らの差別化の本質にあるのは、常に競争や技術進化にさらされて陳腐化する可能性があるビジネスモデルではなくタレント・デンシティ(talent density)、すなわち、いかに優秀な人材だけを集めるかである。
優秀な人材は何を求めているのか。それは信頼し尊敬できる同僚たちと力を合わせ、みずから一心不乱に素晴らしい仕事ができることだというヘイスティングスの経験と信念を基盤にして、ネットフリックスにおける組織の7S[注2]は組み立てられている。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のウィリアム・オオウチ教授は「組織管理」には基本的に3通りの方法があると、その古典的論文で指摘している[注3]。すなわち、(1)報酬型(Market):個人の業績、アウトプットに対する報酬によって行動、モチベーションをコントロールする、(2)官僚型(Bureaucracy):ルールと権限によって役割を決め、コントロールする、(3)共同体型(Clan):メンバーと組織の価値観、ゴールの共有によってコントロールする、ことだ。
世界中どの組織も多かれ少なかれ(1)~(3)のミックスであるが、規模が大きくなり、仕事が多様化し、社員数が増加する過程で、多くの企業は組織体制を事業部制にしたり、役割権限を明確にしたりという官僚型、すなわちルールと権限によるコントロールを強化する。
官僚型の利点は、なんといっても報酬型や共同体形と比べて手が付けやすいことだ。一方、その副作用も大きい。いったんルールがつくられると「ルールの目的化」により組織の慣性(inertia)が生まれることは、組織理論の重要なテーマである[注4]。
ルールを墨守するために組織が硬直化し、非効率がはびこったり、目的もない作業に追われたりする。実際、世の中の企業が直面する企業変革の99%はこの(心理的、組織的)慣性をどう打破するかであるといってよいだろう。
昨今の日本企業において、「社員の自主性」はキーワードの一つである。入社式では必ずと言っていいほど「チャレンジ」「考える社員」「当事者意識」といった言葉が聞かれる。企業の幹部研修でも同じように「考える社員を育てる」「指示待ち族を減らす」等々が指摘されるのは、自主性がいまの日本企業に欠如していることの証左のように思われる。
ネットフリックスの人事・組織における基本は、この慣性による組織の硬直化を事前に防ぐこと、言い換えればルールの最少化にある。彼らは “people over process(ルールではなく人が決める)”という“amazing and unusual(驚くべきかつ普通でない)”文化を持つことを誇る。
ネットフリックスが従業員に求めるものは、多くの日本企業が強調することと同じ「自主性」と「当事者意識」であることを念頭に置き、本稿ではさらに「人材選別」「情報共有」の2つを加えた3点について深く考察したい。
ネットフリックスが重視する3つのポイント