徹底した情報共有:
企業と社員、そして社員同士でも実践する

 ネットフリックスがエンターテインメント企業として、クリエイティビティの最大化を目指し、社員が自主性をもって最高のパフォーマンスを発揮するために、もう一つ忘れてはいけないピースがある。それは情報の徹底した共有化である。

 情報の共有化には、(1)企業が社員と情報を共有する、(2)社員同士が互いに意見を交換・共有する、という2つの側面がある。

 企業が社員と情報を共有するのは、企業の「目的」「戦略」「課題」がしっかりと共有されていなければ、裁量を与えても意味がないからだ。間違った方向、あるいはばらばらな方向に取り組んでも望む結果は出ない[注13]

 トップダウン型意思決定モデルを否定するネットフリックスにおける上司の仕事は、「コントロールすることではなく、教え、社員が的確な意思決定をするのに必要な情報がいきわたる適切なコンテクストをつくる」[注14]ことである。

 ネットフリックスではほとんどの情報、「個人名のない役職者のパフォーマンス、すべての戦略意思決定、すべての競争相手、すべての新商品テスト関するメモ」「それぞれの国でどれだけ契約者が増えたか」「どの作品を何人見たか」「作品制作にあたって、監督や俳優とどのような契約を結んでいるか」などを、すべての社員が見ることができる。

 解雇理由についても会社から必ず説明があり、全社員がそれを知ることができる。そうした機密情報を広く公開することで、情報漏洩の問題はある。しかし、ネットフリックスは「社員全員が情報を共有できる価値」のほうがはるかに大きいと言ってはばからない。すべての個人の報酬情報についても、約500人の課長(director)以上はアクセスできる[注15]

 また、社員同士が意見を交換・共有することは、「自主性」と「スターパフォーマー」から成り立つネットフリックスには不可欠な要素である。けた外れに(extraordinarily)率直なフィードバックがなければ、「スターパフォーマー」であり続けているかどうかもわからないし、自分が成長しているかどうかもわからない。解雇された人に「サプライズ」も起きうる。

 ネットフリックスでは、そもそもリーダーは完全ではないし、フィードバックを求める姿勢を示すことで、上下、横360度に対して、建設的かつ継続的なフィードバックを交換するよう奨励している。「バリューと異なった行動を見たら質問する」「オープンに反対意見を言う」「同僚に何か言いたければ直接言う」ことが、文化をよりよくする背骨となっている。匿名は許されない。「筋トレと同じで、痛みがなければ人は成長しない」とヘイスティングスは言う。

 ネットフリックスでは、「率直なフィードバックを与えたりもらったりするのは、日常的に行われるとよりやりやすくなる」[注16]という。そしてフィードバックが率直に行われるためには、社員間の信頼が重要であるとの認識に立ち、信頼の醸成にも注力する。サプライズのない選別を可能とする前提にも、率直さや信頼がある。

 ジャック・ウェルチも同様の見解を示している。著書『ウィニング』の第2章で突然、「率直さ (Candor)」が登場するのは象徴的だ。

 ウェルチは、「競争相手のことなんかどうでもいい。社内でコミュニケーションが取れないことのほうが、よっぽど恐ろしい敵だ」と明言する。率直であることは「嫌な人間に見られる」という意味で、「人間の本性に反しているかもしれないが、その価値は有り余るほどある」というのだ。

 ただし、これを実践するのは容易ではなく、時間がかかる。ウェルチは、「選別は短期間には実践できないし、してはならない」と言う。実際に、GEにその文化を植え付けるのに10年の歳月をかけており、20年経っても「誰もが率直、というには程遠い」とウェルチは語った。

 率直なフィードバックの重要性を繰り返し強調するネットフリックスでも、わざわざ「英語が母語でなくても」「率直なフィードバックが文化的に慣れていない国があっても」といった点に言及している。この点は強調しておきたい。

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 企業文化は一朝一夕にできるものではないからこそ、競争優位につながる。ネットフリックスは第1回と第2回で見たような大手企業との競争に生き残るために、“people over process(ルールではなく人が決める)”という“amazing and unusual(驚くべきかつ普通でない)”な文化づくりに死に物狂いで取り組んできたのである。

「自主性・当事者意識」「人材選別」「情報共有」というのは簡単だし、日本でもよく聞く。しかし、ネットフリックスの本質は、そうした理念を全社員に浸透させるために、“avoid rules” “keeper test” “extraordinary candid with each other”という、リスクが高く、日本の大企業であれば間違いなく役員会に上がる前に却下される方策に愚直に取り組んできたことにある。

 マイナスがない選択肢ではなく、マイナスがあることを承知で、よりプラスが大きい選択肢を選ぶという考え方は、まさに「肉を切らせて骨を断つ」という戦略の基本である。その意味で、ネットフリックスは人事・組織においても優れた戦略を実行していると言うことができる。

 最終回の次稿は、こうした観点からネットフリックスと、アイリスオーヤマ、サイボウズという2社との比較分析を行い、日本企業に対する示唆を考えたい。

【注】
1)ネットフリックスが目指す文化とそのための方針をまとめた「カルチャーデック(Culture Deck)」の最新版は、同社のサイトから見ることができる。
2)マッキンゼーの7Sとは、strategy(戦略)、structure(組織構造)、system(システム)、 shared vision(共通の価値観)、style(スタイル)、staff, skill(人材) の7つ。前者3つは「hard S」後者4つは「soft S」と呼ばれる。
3)Ouchi, W. G. 1979, A conceptual framework for the design of organizational control mechanisms, Management Science, 25: 833-848.
4)このテーマの学術論文でほぼ必ず引用される古典は、Hannan, M., & Freeman, J.  1984, Structural inertia and organizational change, American Sociological Review, 49: 149-164. Nelson, R.R., & Winter, S.G. 1982, An Evolutionary Theory of Economic Change, Cambridge, MA: Harvard University Press.
5)吉川良三『サムソンの決定はなぜ世界一速いのか』(角川書店、2011年)を参照。
6)2012年、日経BP社。
7)Jack Welch and Suzy Welch, Winning, Harper Business, 2005.(邦訳『ウィニング』日本経済新聞社、2005年)を参照。
8)以下を参照。https://jobs.netflix.com/culture.
9)エリック・シュミットほか『How Google works』(日本経済新聞社、2014年)を参照。
10)セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文元CEOも「スーパー業界は成功と慢心の歴史」「自分たちがどうしたら慢心しないでいられるのか、毎日のたうち回って考えている」とおっしゃっていたことを思い出す。
11)たとえば、Wall Street Journal, 2018/10/25を参照。
12)茂木健一郎『笑う脳』(アスキー・メディアワークス、2009年)によると、慣れ親しんだ環境では脳が固定化するが、新しい環境に置かれると、いままで使っていなかった部位が活性化され、潜在力が引き出されるという。
13)慶應大学ビジネス・スクールの卒業生でもあるロート製薬の山田邦雄会長は、「ダイバーシティというが、日本企業では、同じような人がばらばらのことをしていることが多い」と指摘する。
14)注8に同じ。
15)Wall Street Journal, 2020/10/25によると、ヘイスティングスは、すべての社員がすべての社員の報酬情報にアクセスできるべきだと提案したが、経営会議で否決されたという。
16)注8に同じ。