予測可能なややこしい問題から
未知の複合的な問題へ
そのような思考様式をはぐくむためには、予測可能なややこしい問題に対処するための思考ではなく、未知の複合的な問題を意識するように転換しなくてはならない。
ややこしいだけの問題に対処するために必要なのは、端的に言えば直線的思考だ。この種の問題は、前もって予測して回避できる場合が多い。そのためには、専門家の助言が役に立つ。私たちは、このような問題解決を繰り返し実行してきた。これは要するに、お馴染みのアプローチだ。
それとは対照的に、複合的な問題は未知の領域に属する。この種の問題を解決するためのベストプラクティスは存在しない。過去に経験したことがなく、予測できていないのだから、それも当然だ。このタイプの問題に対処するうえでは、集団的知性を活かすよう努力して、自社にとって重要な価値を最優先にし、新しい解決策が浮上するよう促さなくてはならない。
それを実践するためには、人事部門のリーダーが、自社のすべての組織階層の社員たちとの協働を強化する必要がある。統制やルールや上下関係よりも、人と人の関係を大切にすべきだ。
複合的な問題に対処する思考様式を実践する第一歩は、自分たちが未知の複合的な問題に直面していて、単にややこしいだけの予測可能な問題とは異なる対応が必要だと認識することだ。では、人事部門のリーダーがこのような思考様式を持つためにはどうすればよいのか。
まず大切なのは、集団的知性を活かすことである。未知の複合的な問題に直面したときは、自社の最も価値ある資源を見落としてはならない。その資源とは、社員が持っている知恵だ。社員の多くは聡明で信頼に足る人たちで、リーダーたちよりも自分たちの仕事のことをよく知っている。
リモートワークの実践、エンゲージメントの維持、サポート体制の強化など、いま人事部門のリーダーが対処しなくてはならない課題はあまりに多い。社員の知恵を借りなければ、役割を果たすことは難しい。集団的知性を活用しなければ、成功はおぼつかない。
集団的知性は、多様性のあるチームでの協働と努力とエンゲージメントを通じて生まれる。
ジャーナリストで著述家のジェームズ・スロウィッキーの著書『「みんなの意見」は案外正しい』によれば、集団的知性が花開くためには4つの前提条件が満たされなくてはならない。それは、(1)集団思考に陥ることを避けるために、意見の多様性があること、(2)一人ひとりが批判や同調圧力を受けることなく自分の意見を表明できるように、独立した思考が実践されていること、(3)問題や顧客に近い場所で働いている人物ほど有益なアイデアを持っている可能性が高いという発想の下、分権化が進んでいること、(4)意見を集約するための有効な方法が存在すること、である。
筆者は長年にわたり、チーム内の集団的知性を活用するための方法論をリーダーたちに教えてきた。集団的知性を引き出すためには、高度なファシリテーション・スキル、明確化された変数、そして話し合いの際に用いるたくさんの画用紙と付箋が必要だ。
チームのメンバーはそのような活動を好む。重要な問題について実質的で有意義な情報を受け取れるからだ。こうした取り組みは、革新的なアイデアと、調和を伴った思考の多様性(調和と多様性の両立というのは逆説的に聞こえるかもしれないが)を生み出し、チームの力を強化できる。
このようなアプローチが必要とされる問題の一つとして、オンライン上での新人研修を挙げることができる。最近、オンライン上で新人研修を行うケースが増えているが、それを円滑に実施するのは簡単でない。その点、ビジネス向けソーシャルネットワーキングサービスのリンクトインは、集団的知性を活用することで、この問題を見事に解決した。
オンライン上での新人研修を成功させるためには、社内の人事部門とIT部門の協働が欠かせない。米国人材マネジメント協会(SHRM)によれば、リンクトインのIT部門は新たな認証システムを用意して、リモート勤務中の人事部門メンバーが新人研修用のソフトウェアをダウンロードできるようにした。
この取り組みは、人事部門が部内で職階に関係なく意見を述べられるようにし、また部外の人たちにも意見を求めて、新しく加わったメンバーとのコミュニケーションの方法についてアイデアを求めたことで可能になった。