
マーケティング予算は、景気動向に左右される。景気後退期には、コスト削減のために真っ先に手をつけられることが多い。だが、安易にこれを行えば、景気回復後に企業が立ち直るための体力を奪ってしまう。真に必要なのは、状況に合わせて、その用途を変化させることだ。過去の景気後退期を乗り切り、成長を遂げた企業の例から、支出を維持あるいは増やしつつ、新製品開発や広告コミュニケーション、顧客戦略をどう変化させたのか具体的に示す。
景気後退期には、ほとんどの企業が支出を削減する。特にマーケティング関連費用は、他の分野よりも削減が容易だろう(人件費に比べると、たしかにそうだ)。
いま現在も、広告代理店は生き残りをかけて悪戦苦闘しており、グーグルやフェイスブックは広告収入の大幅減を発表している。景気循環に伴って、マーケティング支出が急減しているからだ。いわゆる「シクリカル・マーケティング(cyclical marketing)」である。
しかし、マーケティング支出を削るのは、現代版の瀉血(しゃけつ)といえる。体外に血液を排出させることで症状を改善させようとしたこの治療法は、かつては広く行われたが、実際には患者が病気と闘う能力を減退させてしまう。
過去の景気後退期から最も力強く立ち直った会社は、そのほとんどで、マーケティング支出は削減されていなかった。それどころかむしろ、マーケティングにかける費用を増やしていた。
ただし、そのような会社でも、マーケティング予算の使い道を変え、新たな状況に対応してビジネスを展開するタイミングを変えていた。そこで、マーケティング費用をカテゴリー別に見てみよう。
●研究開発と新製品のローンチ
たとえ好況期でも、新製品のローンチにはリスクが伴う。開発中のさまざまな製品のうち、どれを市場に投入するかをめぐっては、どのような企業であっても常にかなりの議論が交わされる。それを考えると、景気後退期に新製品開発プロジェクトを中止するのは当然のように感じる。
ところが、移り変わりの激しい英国の消費財業界と米国の自動車業界という、まったく異なる2つの業界について調査したところ、景気後退期にローンチされた新製品は高い売上収益を示しており、長期的に生き残る可能性も高いことがわかった。
理由の一つは、競合する新製品が少なかったということがある。加えて、研究開発を中止せずに継続した会社は、その費用を最有望な製品の開発に集中投下していた。そのため、景気後退期に発売された製品は高品質でもあったといえる。
もちろん、タイミングは重要である。
我々の研究によると、新製品のローンチに最適なタイミングは、景気後退期の中間点をちょうど過ぎた時期である。すなわち、消費者が生活必需品以外のもの、場合によっては具体的に購入の予定がなくても高額の製品(たとえば自動車など)について考え始める時期でもある。イノベーティブな新製品は、まもなく経済が好転して、それを買えるようになるという希望を消費者にもたらすのだ。
適切なタイミングで市場投入する準備ができている新製品がなかったとしても、賢明な企業は景気後退期に研究開発への投資を続ける。広告や価格プロモーションなどマーケティング支出の他の分野と比べて、研究開発への投資は長期的な業績に強い影響を及ぼすからだ。
特に自動車、セメント、鉄鋼など、景気動向に左右されるシクリカル業界では、研究開発を続けた企業はより優れた商品ラインアップを維持できるため、景気後退期からいち早く抜け出せる。