●状況の変化に応じた顧客戦略
その会社が景気後退を乗り切り、時には景気後退をチャンスに変える決め手となるのは、確立されたブランドと規模という2つの要因であることは、誰もが承知している。
強いブランドは景気後退のさなかでも、価格をうまく維持できることが多い。また、大手企業や交渉力に長けた企業は、景気後退期にサプライヤーから価格面で譲歩を得られることが多い。
しかし、企業のポジショニングやケイパビリティがどのような結果をもたらすか、そして何を変えなくてはならないかは、業界や国の状況によって異なる。つまり、複数の市場で事業を手掛けている企業は、部門ごとに異なる戦略を選ぶ必要がある。
2008年の世界金融危機以降、我々が助言をしたロシアの巨大コングロマリットの例を見てみよう。同社は6カ国で、一般向けのアパレルから特殊銀行まで6つの業界で事業を展開している。国内の一般向けアパレルでは広告予算を維持し、他の(ほとんどは外国向けの)ブランドでは広告の投入量を減らしただけで、コンテンツについてはほとんど変えなかった。
同社にとって、この戦略が奏功した。消費者は外国の高級品を買うことに罪悪感を覚えており、国内で確立してきた「コストパフォーマンスのよいブランド」というポジショニングが歓迎されたのである。景気が回復し始めても、外国製の高額商品から乗り換えきた新規顧客の多くは、この国内向けブランドを買い続けた。
一方で、ルーマニアで展開する銀行業では、まったく違うアプローチを取った。同社は競合他社とは異なり、景気後退は深刻で回復に時間がかかると予想した。このようなシナリオでは、新たに顧客を獲得できる見込みは低いため、それまで大きかったリテール向けの広告予算を減らし、多くの支店を閉鎖した。
こうして、既存顧客に質の高いサービスを提供することにリソースを振り向ける一方、富裕層をターゲットとした個人顧客獲得に注力した。既存顧客を支援し、新規顧客についてはターゲットを慎重に絞り込むことで、銀行業務は景気回復期に成長することができた。
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景気後退期のマーケティングは、けっして容易なものではない。なぜなら、直観や標準的なビジネスルールが通用しないことが多いからである。
消費者の行動もまた、著しく変化する。それは彼らを取り巻く環境やニーズの変化を反映しており、劇的に変わることさえある。企業はそうした状況下で、これまでと異なる新たな顧客体験に合わせて、発信するメッセージを切り替えなくてはならない。時には、バリュープロポジションを再構築する必要が生じる可能性もある。
景気後退期は、マーケティングに費用を使うのをやめる時ではなく、使い方を変えるべき時である。景気後退期は、チャンスでもある。顧客から必要とされる企業になるべく積極的に努力すれば、新たに獲得した顧客の多くを囲い込めるだけでなく、これまでの顧客ロイヤルティを不動のものにできるからだ。
HBR.org原文:Don't Cut Your Marketing Budget in a Recession, August 14, 2020.
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