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ドナルド・トランプ米大統領が、ティックトックやウィーチャットをはじめとする中国企業のアプリを禁止する大統領令に署名したのは記憶に新しい。「国家安全保障上の脅威」が理由とされるが、本当の脅威はそれだけではない。一連の禁止措置が、国際ビジネスに深刻な影響を及ぼす可能性があるのだ。テクノロジー業界に限らず、国際貿易に関わるすべての企業がこの動向を注視し、政治的リスクへの対応策を検討する必要がある。


 米政府は2020年7月初旬、中国のソーシャルメディア・アプリの禁止を検討中であることに言及し始めた。米国でも大人気の動画投稿アプリ、ティックトック(TikTok)もその一つだ

 8月には、ドナルド・トランプ米大統領が、ティックトックの運営会社であるバイトダンス(北京字節跳動科技)と、メッセンジャーアプリおよびECプラットフォームのウィーチャット(微信)を運営するテンセント(騰訊控股)との取引を禁止する大統領令に署名した。

 さらにバイトダンスに対しては、90日以内にティックトックの米国事業を売却するかスピンオフすることを命じるとともに、米国のユーザーの個人情報をすべて廃棄するよう命じる大統領令にも署名した

 これを受け、マイクロソフトソフトやウォルマート、オラクルなどの米国企業が買収に関心を示したが、ティックトックはトランプ政権がデュープロセス(適正な手続き)に違反したとして、連邦裁判所に訴えを起こした

 トランプ政権によると、これらの大統領令の目的は、米国市民のプライバシーを守るとともに、米国市民(および政府職員)の個人情報を中国政府から守ることだ。8月6日の大統領令は、ティックトックは「中国が(米国の)連邦政府職員と契約業者の位置を追跡し、脅迫目的で個人情報を収集するとともに、産業スパイ活動を行うことを可能にする」と主張している

 だが、ティックトックは本当に脅威なのだろうか。もしそうならば、こうした米国の措置はどのような結果をもたらす可能性があるのか。

 筆者らは、一連の出来事がビジネスコミュニティに甚大な影響を与えるおそれがあると考えている。そして、その影響はテクノロジー業界に限定されない可能性が高い。

本当の脅威は中国政府ではない

 仮に外国と関係がある企業によるデータ収集が脅威をなすというのならば、世の中は脅威だらけになるだろう。米国のテクノロジー企業のほとんどが(銀行や信用調査機関、ホテルと同様に)何らかの形で集めている情報と比べれば、ティックトックが収集している情報など微々たるものだ。

 しかも、センシティブな情報を集めている機関の多くは、すでに不正侵入の被害に遭っており(現在、サイバー攻撃は39秒に1回の頻度で起きているとされる)、その情報の多くはダークウェブで売られている。もし中国政府が、ティックトックが集めている類の情報を手に入れようと思えば、ほかにいくらでも方法はあるのだ。

 米国のユーザーにとって、より差し迫った脅威となる可能性があるのは、もっと「ローテク」の問題だ。すなわち、日常的なテクノロジーが禁止される前例がつくられれば、たちまち手に負えないほど拡大して、ほぼすべての国際貿易に大きな混乱を引き起こすおそれがあるのだ。