禁止措置が逆効果を招くおそれ
トランプ政権によるティックトック禁止案は、もはや米国がグローバル企業の最大の保護者ではなく、潜在的な脅威になったという見方を強化することになった。この認識は、世界経済の深遠な再編を促すとともに、米企業を脅かしている。
ティックトックとウィーチャットのユーザー基盤は、それぞれ約8億人、12億人と巨大だ。ある著名アナリストによると、アップストアからウィーチャットを削除すれば、iPhoneの売上げは約30%落ち込む可能性がある。8月のホワイトハウス高官との電話会議では、米国に拠点を置く多国籍企業12社以上が、ウィーチャットを禁止すれば、中国市場における自社の競争力が打撃を受けると懸念を表明した。
しかし、こうした政策が国際ビジネス環境におよぼす二次的被害は、もっと大きくなる恐れがある。すでに米中ビジネス評議会(USCBC)加盟企業の86%が、中国事業に悪影響が出ていると答えている。なかでも顕著なのが、売上げの減少だ。これは持続的な供給が不透明になったため、顧客がサプライヤーや調達先を米企業からシフトさせているためだ。
米政府による中国企業締め出しは、かえって中国企業が米国製部品やサプライチェーンを除外あるいは切り替える「脱米国化」の引き金になるおそれがあると、米企業は懸念している。
たとえば2019年2月、英国を拠点とする国際送金サービスのワールドファースト(WorldFirst)は、中国のアント・フィナンシャル(螞蟻金服)の傘下に入るのに先立ち、事業を再編して米国から撤退した。米国の規制当局から国家安全保障上の懸念と見なされ、買収を阻止されるのを回避するためには、そうするしかなかったのだ。しかし、ワールドファーストはアマゾンに出店している大手小売業者の多くが利用しているため、衝撃は大きかった。
他方、監視カメラ分野で世界最大手のハイクビジョン(杭州海康威視数字技術)は、米国製部品の大半について代替品を見つけて、米政府のブラックリストに追加されても、事業への影響を限定的に留めた。
政治的リスクにどう対処するか
企業の経営幹部は、自社のデジタルプロダクトやサービスがサイバーセキュリティ上のリスクと見なされる事態を避けるために、ベストプラクティスに従うだけでなく、政治的なリスクに備える必要がある。ティックトック自身も、さまざまなリスク回避策を講じてきた。
たとえば、米国のユーザーのデータは米国内に保管して、そのバックアップはシンガポールのサーバーに保管している。運営会社バイトダンスからのデータアクセスを遮断し、米国人CEOとオペレーションチームを雇い、ロビー活動チームも強化した。
さらに、香港国家安全維持法をめぐる懸念事項に配慮して香港から撤退し、ロサンゼルスにコンテンツの健全性と安全性を監督する「トランスペアレンシー・センター」を設置した。政治広告やアドボカシー広告は禁止し、グローバル本社も中国国外(米国)に置くことにした。ティックトックは、トランプ政権の禁止命令について複数の裁判で争う準備を進めている。
こうした対応策は、まだ禁止命令を無効にするには至っていないが、今後の訴訟で重要な論点になるだろう。それはまた、国際ビジネスを展開するあらゆる企業にとっても、このニューノーマルの時代にサイバーセキュリティ上の疑いをかけられた時に備えるうえで、方向性を示す重要な手がかりになるだろう。
現実には、政府によるテクノロジー企業の活動禁止は、国家間や企業間の不信感を拡大させるため、セキュリティリスクを軽減するどころか、むしろ高める可能性が高い。たとえば、他の国々が報復措置として、米国企業の活動を禁止すれば、事態はたちまち悪化するおそれがある。