変わる「ケイレツ」
今号の特集の論考は、デジタル技術の活用で、日本の製造業は後れているという認識に立っています。
実態を知らないと、腑に落ちない感じではないでしょうか。日本企業は多くの面で競争力を失っていますが、製造現場は今なお最先端な状態にあると思われていませんでしょうか(私はそうでした)。この点での外国企業との定量的な比較分析も目にしません。
しかし、1つの証左として、ダボス会議で知られる世界経済フォーラムが、世界の先端工場として選定した44工場(Global Lighthouseと命名・認定)に、日本は2工場しか選ばれていないということがあります(中国12、ドイツ4、米国3の工場が入っています)。
野村総合研究所のコンサルタントの小宮昌人氏と田中淳也氏が著した論文「Global Lighthouseに見るグローバル先端工場のトレンド 先端ものづくりの国ではなくなった日本の取るべき方向性」(『知的資産創造』2020年8月号、同社のウェブサイトで無料公開)では、Global Lighthouseに見られる、デジタル技術を活用した製造業の世界最先端の動向と、そこで後れを取っている日本企業の実状を分析しています。
日本企業の後れの要因と今後の方向性について、小宮氏に取材すると、「日本企業は縦割り組織で、情報や知が他部署と十分に共有できていない。従来その弊害は製造現場の高い能力によって克服されてきたが、今後はデジタル技術の活用や組織変革でその弊害を解消した上で、現場の能力を維持・向上させ、競争力を高めていくべき」ということです。
デジタル技術の活用は、工場や企業単体の競争力だけでなく、ケイレツのあり方も変えていく、と小宮氏は考えています。
『知的資産創造』2020年10月号掲載の論文「インダストリー4.0時代における製造業の企業・異業種間のデータ活用・連携トレンドと日本型デジタルケイレツのポテンシャル」では、サプライチェーンの結びつきが、従来のモノの取引を介したケイレツから、データやノウハウを主体としたものに変わってきていると論じています。
小宮氏はこれを「デジタルケイレツ」と称して、ドイツの製造業での動きを分析し、日本企業も伍して、これを強化すべきだと提唱しています。
デジタルケイレツは、平常時には取引がケイレツ内に制限される閉鎖性がありますが、情報がデータ化されているため、危機時にはケイレツを超えた新たな取引が容易となり、サプライチェーンのリスクマネジメントの可能性が広がります。さらに、マテハンなどでのノウハウは業界を問わず展開や外販できると論じます。
また、データを交換するプラットフォームを活用した戦略は多様性があり、小宮氏はこの点を『日本型プラットフォームビジネス』(日本経済新聞出版、楊皓氏、小池純司氏との共著)で著しています。
製造現場を知る識者からは、こうした日本の製造業の危機は数年前から指摘されてきました。
本田技術研究所の元主任研究員の内田孝尚氏は、2017年の『バーチャル・エンジニアリング』から、2019年の『バーチャル・エンジニアリングPart2 危機に直面する日本の自動車産業』、2020年の『バーチャル・エンジニアリングPart3 プラットフォーム化で淘汰される日本のモノづくり産業』(全て日刊工業新聞社)の3冊の書籍で危機の実相を著しています。
日本製造業の強さの要諦は、設計・解析・製造等の各部門のエンジニアによる「すり合わせ」にありましたが、世界の競合はそれを分析し、データ技術による「バーチャル・スリアワセ」を、バーチャル・エンジニアリングによって実践している、というのです。
日本がその流れに乗れなかったのは、強者の慢心や変化認知の不全があり、そこから3D設計製図ができる人材の育成の後れやエンジニア教育の不備などに繋がったと論じています。コロナ禍で顕在化したサプライチェーン危機。問題の根は深いと考えられます(編集長・大坪亮)。