ダートマス大学の研究者らが考案した、薬剤情報欄(ドラッグ・ファクト・ボックス)について考えてみよう。
行動科学者らは1970年代後半から、処方薬の患者用添付文書に専門用語があきれるほど大量に詰め込まれていることを批判してきた。
この記述法を変えたのが、1990年代に確立された薬剤情報欄だ。人々の日常経験の中で馴染みのある書式(食品パッケージにある栄養成分表示)を参考に、不確実な状況での意思決定に直接役立つ情報に注目させるようつくられている。
「まれ」「一般的」「望ましい結果」のような形容詞ではなく、数字を用いている。リスクと効能を表示し、個々の薬を既存の代替薬と比較しているものが多い。重要な点として、現時点におけるエビデンスの精度も(「研究結果」と「いつから使われている?」の中で)示している。
薬剤情報欄は完璧ではないが、かなり効果的であることが研究で示されている。潜在的使用者へのランダム化試験による広範な検証と、実際の診療現場の両方で、患者の意思決定を向上させることが証明されている。
では、リスクコミュニケーションに関する科学的知見に基づく基本原理が、テクノロジー、金融、交通などの他分野に広く適用されていないのはなぜだろうか。
2017年にエクイファックス(消費者信用情報会社)が起こした情報漏えい事件と顧客へのリスクについて伝えるために、「エクイファックス情報漏えいファクト・ボックス」が作成されると仮定してみよう。
その情報欄は、過去5年間に起きた情報漏えいのワースト10に本件が入るか否かを示しているかもしれない。本件での被害状況を予測するための参考として、同類の漏えい事件による被害の定量評価を記載しているかもしれない。たとえば、「過去に1億人分以上の情報が漏えいした5つの事例では、記録を盗まれた人のうち平均3%が、1年以内になりすまし犯罪の被害届を出しています」などだ。
あるいは、「ディープウォーター・ホライズン原油流出ファクト・ボックス」を想像してみよう。一般の人々に向けて、原油流出が海と陸の生態系に及ぼす最も深刻な潜在的悪影響を列記し、それぞれに予想される深刻度を示しているかもしれない。
上記2例を含む無数の事案において、このような形での情報提示はなされなかった。その主な理由として、コミュニケーション部門で働く人々のほとんどは、ユーザーと顧客が不確実性とリスクに合理的に対処できるとは考えていないからであろう。
もちろん、エクイファックスの情報漏えいとディープウォーター・ホライズンの原油流出は、極端に危機的な事例であり、前者のケースでは情報公開を法的に強制された。だが、企業は深刻度がもっと低い事案について、発表の是非と方法をめぐって日々判断を下しており、それらの多くは情報公開が義務づけられていない。
その場では、限定的なダメージコントロールで済ませるほうが簡単だ。しかしリスクコミュニケーションを集団的な問題として理解し、うまく実行すれば、利害関係者との信頼関係を強化できる。
失われた信頼を回復するには、これまでのコミュニケーション慣行を大幅に手直しする必要がある。その出発点として、以下の3つが挙げられる。