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自社が何らかのリスクに直面した時、顧客にその事実を的確に伝える必要がある。しかし、それがどれほどの悪影響をもたらすかが不確実な場合、何を開示し、どのように説明すべきなのか。このコミュニケーションに失敗すると、顧客の信頼を損ない、事業が大きな打撃を被る可能性がある。本稿では、企業が効果的なリスクコミュニケーションを実践する方法を紹介する。


 ほとんどの組織は悪い情報に接した時、それが単純で明白な事態であれば対処できる。人々もたいてい同様だ。ショックを受け入れて、前に進む。しかし、事態が実際にどれほど悪いのかが不明な場合はどうだろうか。

 企業は危機に直面した時、しばしば「潜在的に悪い」情報を伝える必要に迫られる。ハイテク企業は自社で個人情報の漏えいが生じた「可能性」を知ったとき、どう対応すべきなのか。汚染されているレタスを売ってしまった「可能性」をスーパーが知ったときはどうだろう。あるいは医療機器メーカーが、患者に埋め込まれた人工股関節に欠陥がある「かもしれない」と気づいたら、どうすればよいだろうか。

 不確実な事象の伝達――実務の場で「リスクコミュニケーション」と呼ばれる行為は、情報の伝達と消費を必要とするすべての人にとって、最も重要な課題の一つである。

 現在のパンデミック下で、リスクコミュニケーションの重要性はかつてなく高まっている。科学者も政策立案者も企業も等しく、新型コロナウイルス感染症について、個人と社会の意思決定に重大な影響を及ぼす基本的事実の多くを十分に理解していない。この新型ウイルスにはどれほど感染力があるのか。致死率はどの程度か。経済、社会、文化に長期的にどのような影響が及ぶのか――。

 コロナ禍の到来以前から、コミュニケーションは企業と組織の運営においてますます重要な要素となっている。データのプライバシー侵害に関する、次のようなケースを考えてみよう。

 ある会社で、一人のユーザーに関する機密情報が、暗号化されていないデータベースに24時間さらされていたことが発覚した。誰かにアクセスされただろうか。その場合、現時点でその情報を使って何をされるおそれがあるのか。5年後、その頃に利用可能な機械学習技術を使って、何をされる可能性があるだろうか。

 典型的な答えは、「確かなことはわからない」だろう。このような検証について効果的に伝える方法を、ほとんどの組織や人々は理解していない。そのため、個々の企業や、集団的に複数の企業が重大な影響を被ることになる。

 特にハイテク業界では、ユーザー、顧客、規制当局からの強い不信感が広がっている。その理由の一つは、ハイテク企業は自社製品がもたらす負の影響について、知っていること、知らないことを透明かつ有意義な形で伝えるのが苦手であることだ。

 筆者らは8つの業界で専門家らの話を聞き、共通のジレンマを明らかにした。企業はリスクを伝えるか否か、およびどのように伝えるかという問題に直面すると、えてして2つの方向のどちらかに偏りすぎるのだ。

 自社の顧客に対し、すべての潜在的リスクについて警告すると、「通知疲れ」を生じさせ、顧客は早々に警告を無視するようになる。そうなれば企業は、実際に深刻なリスク下にあるかもしれない顧客群との信頼関係を強める機会を失ってしまう。

 その反対に、たとえばユーザーに無用の心配をかけまいとして、伝達を過度に遅らせるような場合も、やはり代償を伴う。顧客はその時間差を無能の証と受けとめ、なお悪ければ、ごまかしを図り会社の評判を守るために、顧客の保護をなおざりにしていると解釈する。

 どちらの方向であれ、こうした間違いを多く犯すほど不信感は高まり、適切なバランスで正しいコミュニケーションを行うことがますます難しくなる。

 さらにやっかいなことに、個々の企業は顧客を含むさまざまな利害関係者に不確実な要素を伝える際、集団的な影響を及ぼす。一般市民と顧客は、さまざまな情報源からリスクコミュニケーションの対象とされる。それによって通知疲れが蓄積し、やがては企業界に対する世間の信頼度にも影響が及ぶ。これらは、ただでさえ難しい問題をさらにややこしくさせる、悪しき負の外部性だ。

 このような状態は改善できると筆者らは考えている。不確実な要素に関する情報をより効果的に発信し解釈する方法について、いくつかの信頼できる知見が意思決定科学と認知心理学から生まれている。

 リスクコミュニケーションに付きまとう問題は、人が確実性と完結(曖昧ではない完全な答え)を生来的に求めるという傾向である。

 ロシアンルーレットの実験で、これが最も如実に示されている。

 6発装填できる回転式拳銃に、弾丸が1発または4発入った状態で引き金を引かなければならない。お金を払えば、どちらかを1発減らすことができる。

 ほとんどの人は4発入りから1発抜くよりも、1発入りから1発抜くほうに、格段に多く支払う(リスクの減少率は、どちらも同じ6分の1であるにもかかわらず)。ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーが「確実性効果」と呼んだこの傾向は、免責補償保険が高額でも加入する理由の説明にもなる。

 しかし、人々は不確実性が嫌いでも、それを適切に処理することは可能だ。意思決定のための標準的な手法を備えていれば、いっそう対処しやすくなる。