
自社の長期的な価値を生み出したいと考えていながら、ROA(総資産利益率)やTSR(株主総利回り)などの短期指標を追うことがやめられない。これは多くの企業が陥っているパラドックスだろう。経営者がこのパラドックスから抜け出せない理由の一つは、長期的価値を測る適切な指標が存在しないからだ。本稿では、筆者らが独自に提唱する「LIVA」という指標を紹介し、その効果を示す。
多くの企業が陥っているパラドックスがある。ほとんどの企業経営者は、長い目で見た株主価値を最大化させたいと考えている。ところが、実際に自社の成績を数値評価し、それを改善しようとする時、経営者が目を向けるのは、さまざまな短期的指標だ。
ROA(総資産利益率)、ROC(資本利益率)、TSR(株主総利回り)、EBIT(利払前税引前利益)、EBITDA(利払い前税引き前減価償却前利益)、CAR(自己資本比率)、EPS(1株当たり利益)……アルファベットの略語で表現される指標が途方に暮れるくらいたくさんある。
どうして、短期的な指標にばかり着目するのか。その大きな理由は、そうした指標のほうが入手しやすく、活用しやすいし、これまでも広く用いられてきたという点にある。しかし、以前からさまざまな研究により示されているように、短期的な指標の改善を最優先に行動すると、長期的な株主価値を最大化させることにつながらない場合が多い。
長期的な株主価値について明晰に検討し、適切な理解に到達するためには、これまでよりも優れた指標が必要だ。最近、『ストラテジック・マネジメント・ジャーナル』誌に寄稿した論文で指摘したように、筆者らは「LIVA」という新しい指標を提案している。「長期投資家価値確保(Long-term Investor Value Appropriation)」の略である。
LIVAの考え方は、きわめてシンプルだ。この値は、その会社が長期間にわたって行ってきた投資すべての正味現在価値を合計して算出する。
筆者らの分析により明らかになった重要な知見は、株式市場で公表されているデータだけあれば、LIVAを算出できるという点だ。具体的には、過去の株価データを参照することにより、その会社が長期間にわたり株主全体に対して創出した価値と消失させた価値を明らかにする。
LIVAの有効性を理解するためには、アップルのケースを考えるとわかりやすい。あなたが幸運にも、1999年の時点でアップル株を100株購入していたとしよう。配当もすべて再投資に回したとすれば、20年後に持ち株をすべて売却した場合、年平均27%の利回りを得られた計算になる。これは株式市場の平均である6%を大きく上回る成績だ。
しかし、これは手堅い成績ではあるけれど、目を見張るような成績とまでは言えない。TSRの指標で見ると、アップルはこの期間の全世界の企業の中で3175位だ。このランキングでは、アップルの成功はそれほど際立ったものには見えない。
ボストン コンサルティング グループが毎年発表している「バリュー・クリエイターズ・ランキングズ」の最新版を見ても、同様の印象を受けるだろう。このランキングは過去5年間のTSRに基づくもので、アップルは34位となっている。
しかし、TSRはある弱点から逃れられない。この指標によっては、特定の期間内に株主全体にもたらされた価値を明らかにできない。その期間全体に会社の株式を保有し続けた人が得た収益しか把握できないのだ。
それと異なり、LIVAは、株主の顔ぶれが入れ替わっていく可能性を考慮に入れられる。この指標を参照すれば、アップルが株主に生み出した価値について、見え方が大きく変わってくる。
1999年に当時の株価でアップルの全株式を購入し、配当や株式買い取りによる収益をすべて受け取り、20年後に上昇した株価ですべて売却したとする。この場合、20年前にインデックス・ファンドに同じ金額を投資した場合に比べて、1兆ドル以上資産が増えていた計算になる。つまり、この期間におけるアップルのLIVAは1兆ドルを超す。
これは、文句なしに飛び抜けた成績と言って差し支えない。筆者らがまとめたLIVAランキングでは、アップルが世界で1位だ。しかも、アップルのLIVAは2位のアマゾンより57%も高い。