●降参すべき時を知る

 敗北は、自分の弱さや謙虚さを示す機会だ。

 歴史学者で米大統領の伝記を数多く手がけてきたドリス・カーンズ・グッドウィンは、投票日の夜の隠れたスターは、歴史に残るような品格ある敗北宣言をする落選者だと述べている。2008年米大統領選でバラク・オバマに敗れた共和党の故ジョン・マケイン元上院議員のスピーチが、そのよい例だろう。

 リーダーは、自分の行動がポジティブなインパクトを与えたいという心からの動機に起因するのではなく、優位を維持するための衝動に突き動かされている場合があることを認識しなくてはならない。自分の勝利が空虚な時、一時的な時、あるいはあまりにも大きな犠牲を伴う時には、それに気づく必要がある。

 エンロンからウェルズ・ファーゴまで数え切れないほどの企業スキャンダルは、何が何でも勝とうとする、つまり収益の最大化をひたすら目指すことの危険性を示している。そうではなく、スポーツ用品店大手ディックス・スポーティング・グッズなどの企業を考えるとよい。同社は、銃の販売をやめれば1億5000万ドルの減益になると試算したが、それを断行した。

 物事が個人、チーム、あるいは組織の手に負えない状態になった時を知ることも重要だ。リーダーは、管理できる時は管理するが、管理できない時は降参する必要がある。

 新型コロナウイルス感染症のパンデミックによって、無数の小売店や飲食店が破産に追い込まれたが、従業員と経営幹部を守り、ブランドを存続させるために、破産という道を選ぶ場合も少なくない。

 ファミリーレストランのフレンドリーズ・レストランツは2020年11月、130の直営店すべての営業を継続して雇用を維持しながらも、破産法の適用申請に向けて準備を進めていることを発表した。

 親会社であるFICレストランツのジョージ・ミシェルCEOは、次のように語っている。「自発的な破産申請と、経験豊かなレストラングループへの売却計画によって、フレンドリーズがより力強い会社として再生できると私たちは信じている」。これにより、フレンドリーズは130の直営店すべての営業を継続し、雇用も維持される見込みだ。

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 本稿で紹介した事例はすべて、倫理的に重要な問いを示唆している。すなわち「自分はどのような敗者になりたいか」だ。

 私たちは今後数年のうちに、これまで自分が勝者であるという安心を与えてくれていた「組織での地位」という印を失うだろう。

 ハイブリッドな職場環境とフラットなネットワーク型組織は、私たちのエゴに冷や水を浴びせるに違いない。多くの雇用が消滅し、雇用サイクルが短くなることが考えられる。スマートマシンがどんどんますます賢くなる中、効率の最大化をめぐる競争で人間が劣勢にあることに、私たちの多くは気づくだろう。

 筆者がこのように言うのは、悲観論者だからではない。不安定で不確実な世界における仕事の未来について、ただ事実を述べているにすぎない。

 だが、勝利と敗北に対する考え方を変えれば、より充実した仕事人生を送ることができるだろう。土俵を変えて、無限ゲームを受け入れ、敗北から立ち直る時間を自分に与え、もはや大義を達成できないあるいは自分の手に負えない状況に直面した時は潔く降参すること。そうすれば、新たな勝負に臨むこともできるはずだ。


HBR.org原文:Good Leaders Lose with Grace, January 26, 2021.