グローバル化が急速に進む中、自分が生まれた国や地域に囚われずに働く人たちがますます増えている。INSEADのリンダ・ブリム教授は、そうした人材を「グローバル・コスモポリタン」(Global Cosmopolitans)と称した。本連載では、米国、英国、フランス、スイスなどさまざまな国で学び、働いた経験を持つ京都大学の河合江理子教授が、日本発のグローバル・コスモポリタンを紹介する。
土井隆雄氏は、宇宙飛行士として2度のスペースシャトル搭乗を経験したのち、オーストリアのウィーンに本部がある国連宇宙部での勤務を経て、現在は京都大学で「有人宇宙学」というまったく新しい学問を立ち上げ、研究教育活動に従事している。多様な価値観を持つ多様な人材が共存する複雑な環境において、チームが協働して大きな成果を上げるために、土井氏は何を意識していたのか。河合氏が聞いた。
優れたリーダーは
指示を出さずに動けるチームをつくる
河合江理子(以下、河合):宇宙飛行士は、スペースシャトルという過酷な空間において、ミスの許されない重要なタスクを分刻みでこなします。国籍や職業が異なる多様な人材が、一つのチームとして成果を上げるために、どのようなコミュニケーションスタイルを採用しているのでしょうか。
日本は「阿吽の呼吸」という言葉があるように、ハイ・コンテクストな文化圏です。文化的背景がある程度共通なので、何から何まで説明しなくても意図が通じます。一方、米国はさまざまなバックグラウンドの人がいるためロー・コンテクスト文化圏で、自分の意思をはっきり伝えないとコミュニケーションが取りにくいと言われます。宇宙飛行士はどうでしょうか。
土井隆雄(以下、土井):宇宙飛行士同士のやり取りに関しては、阿吽の呼吸が通じます。宇宙では一人に10個くらいの業務が割り振られます。その中にはチームでやる仕事も一人でやる仕事もありますが、常にいくつもの仕事が同時に走っている状態なので、阿吽の呼吸でコミュニケーションを取れないようでは、ミッションは成功しません。
スペースシャトルの中では、クルー(乗組員)一人ひとりが、何時何分に誰と一緒に何をするかを把握し、互いの考え方まで理解したうえで、ミッションが流れるように進んでいくことが基本です。これができるようになるための訓練を徹底的に行います。コマンダー(船長)と地上のミッションコントローラーはその工程を管理してはいますが、彼らが特別な指示を出すのは問題が起きた時に限られます。
河合:クルーがコマンダーの命令に従うトップダウンのリーダーシップではなく、必要に応じて各メンバーがリーダー役を務めるシェアード・リーダーシップが採用されているということですね。
土井:もちろん、コマンダーがミッションの全責任を負いますが、彼も他のクルーと同じように複数の役割が与えられています。そしてコマンダーが船長以外の仕事をこなす時は、リーダーからフォロワーになります。リーダーとフォロワーが常に入れ替わるので、自分は常にフォロワーだという考え方ではうまくいきません。自分が割り当てられた仕事では、リーダーシップを発揮してチームをまとめ上げ、その仕事を完遂する必要があります。
誰がリーダーを担う場合であっても、命令的なリーダーシップはうまくいかないと思います。本物のリーダーシップとは、特別な指示を出さなくても物事が流れるように進んでいく環境を整えることです。リーダーが何も言わなくても、チームが自然と動くこと。それが理想のリーダーシップではないでしょうか。
そのために重要なのは、リーダーがチームから尊敬されていることです。リーダーが尊敬されていないと、自然に動いてくれるようなチームにはなりません。私の船長はドム・ゴーリーという方でした。彼は海軍時代に飛行分隊のリーダーを務め、テストパイロットとしても非常に優れていた人物です。ゴーリーは一度も「あれをやれ、これをやれ」と言ったことがなく、それでもチームが完璧に機能していたので、最高のリーダーでした。
河合:リーダーとして尊敬されるためには、何が必要だと思いますか。
土井:能力的に優れていることは、まず重要です。宇宙飛行士でいえば、技能的に優れていないといけません。ゴーリーは、パイロットとして素晴らしい技術を持っていました。自分がリーダーを務める分野において、少なくともチームの中では最も優れていることが求められると思います。
また、最も努力する人物だと評価されていることも大切です。時間的な面でも、それに伴う成果という面でも、その人が努力しているかどうかは必ず見られています。それから、面倒見がいいことも大切だと思います。優れたリーダーは一人ひとりが上手くいくような気遣いに長けており、感情的に振舞うことがありません。
訓練にも100%で臨まなければ、
いざという時に力を発揮できない
河合:訓練に関するお話がありましたが、宇宙飛行士の訓練は相当厳しいものだと聞いています。特に記憶に残っているものはありますか。
土井:NASA(米国航空宇宙局)の訓練の中でも特に素晴らしかったのは、飛行訓練です。T-38というジェット練習機に同僚と一緒に乗って4万フィートまで、すなわち旅客機と同じ高度まで上がり、ほぼ音速で飛びます。酸素マスクをつけてパラシュートを背負っていますが、わずかな判断ミスや機器の故障があれば、命に関わります。そのような状況を仲間とともに乗り越える中で、チームワークがつくられます。
ヒューストンは亜熱帯なので、当然雷雨が発生することもあります。事前にウェザーレーダーで雨雲の発達を確認していても、実際に現場に行くまではわからない。T-38の場合、燃料は1時間半しか持ちません。トラブルがなければ問題ありませんが、突発的な事態が発生するとすぐに残り時間がなくなるので、無事に目的地につくためには常に正しい判断が求められました。
宇宙飛行士になるに、これは絶対に必要な訓練です。宇宙空間に出てしまったら、人間は生きられません。機械に命を預けて、その中で生活するしかないという環境は、T-38の飛行訓練も同じです。シミュレーター訓練も行いますが、失敗してもリセットすれば何度もやり直せるので、緊張感がまったく違います。本番で成果を上げるためには、訓練も同様の環境で積む必要があると思います。
河合:日々の訓練から命をかけているのですね。訓練中は、どのようなことを意識されていましたか。
土井:私が意識していたのは、自分の力を常に100%発揮するということです。人間というのは怠慢な生き物で、どうしても楽をしようとします。しかし、楽な方向に流されてしまうと、いざという時に自分の力が発揮できません。NASAの訓練はよく考えられていて、自分の力を100%発揮しなければ訓練自体が成り立たないようにできていました。
私はNASAを辞めてから国連(国際連合)で働き始めました。国連は世界中から激しい競争を勝ち抜いた人たちが集まるので、職員たちは非常に優秀です。でも、なかには仕事振りに疑問を覚える人たちもいました。全力を発揮しなくても仕事をこなせてしまうので、手を抜いて楽をすることを覚えてしまうのです。
平時はそれでもやっていけるのかもしれませんが、楽をした状態で5年、10年と過ごしていると、潜在力がどれだけ高くても、いざという時に力を発揮できない人になってしまいます。
河合:自分の力を100%発揮することを常に意識するのは大変難しいことですが、自分の能力を維持するためにも必要なことなのですね。