自分の強みは、夢を追い続けられていること
河合:土井さんは宇宙飛行士、国連の国際公務員、大学教授として、多様なキャリアを積み重ねてきました。環境変化に対応する能力は、グローバル・コスモポリタンとして生きていくうえで重要な要素です。新しい環境に慣れるためには異文化を理解することが大切だと私は考えていますが、どのようなことを意識されてきましたか。
土井:環境に適応するための普遍的なスキルは、存在しないと思っています。新しい環境で出会う新しい人たちと真剣に、誠実に向き合うこと。そして、置かれた環境の中で自分の力を出し切ること。そのためにもやはり自分の立ち位置をはっきりさせること、すなわち自分自身を理解していることが必要です。そのうえで、妥協せずに常に100%の力を出すこと。それしかありません。
河合:新たに出会う人たちと真剣かつ誠実に向き合うことは、異文化の壁を乗り超えるために大切だと思います。他人からアドバイスは求めることはありますか。
土井:他人のアドバイスはほとんど役に立ちません。場所によっても、相手によっても、タイミングによっても適切なやり方は変わりますし、特定のアドバイスをその通りやれば解決する問題はないからです。
自分で自分なりのやり方を見つけていくしかないと思います。その時々で柔軟に考えて、最良の答えを探すしかありません。うまくいかないこともありますが、失敗したこと自体が経験になります。他人に従うのではなく、自分でこれだと思えることをやったほうがいいと、私は考えています。
河合:土井さんは以前、宇宙飛行士として活動されていた時は自分やJAXAのために仕事をしていたという感覚があり、国連では世界のための仕事をしていることを実感したというお話をされていました。京都大学で研究教育活動に励むいま、仕事の意義をどこに見出していますか。
土井:現在は、人類のために仕事をしています。私はいま、有人宇宙学という学問の発展を目指しています。有人宇宙学とは、人間と宇宙と時間をつなげ、人類が宇宙に発展していくために何が必要かを考える学問です。
生命が誕生し、道具を使って進化して、町が生まれ、都市ができましたが、次は宇宙を生活の場にしようというのが有人宇宙活動の目的です。地球の抱えるさまざまな問題を地球の中だけで解決することには限界があり、人類は宇宙空間まで生活圏を広げて、地球の問題を解決する必要があるのです。そして人類が恒久的に宇宙で活動するために何が必要かを考える、それが有人宇宙学です。
悠久の昔、人類はアフリカの生まれた森からサバンナに降り、二足歩行を獲得し、火や道具を使うことを覚えて、地球全体に広がりました。サバンナに降りた人類が生き延びることができたのは、まさに人類がグループをつくり、そして社会をつくったからにほかなりません。アフリカの森を出た人類が地球全体に広がろうとしていた時代と、地球から出た人類が宇宙に広がろうとしているいまは、よく似ているのだと感じます。
有人宇宙学では、人間と宇宙の関係を時間軸で捉え、人間の宇宙活動を進化の過程の一つとして捉え、宇宙にどのように社会をつくればよいかを研究しています。
河合:なぜ有人宇宙学という形で、新しい学問を創設しようと考えたのでしょうか。
土井:京都にやって来た最初の頃は、学生に宇宙ミッションの話をしていました。しかし、有人宇宙活動の真髄を系統的に学んでもらうためには、学問に昇華しなければならないと感じました。また、有人宇宙活動のゴールは何かと考えた時、宇宙で微小重力実験を進めることや宇宙探査を行うことばかりではなく、人類が恒久的に宇宙に展開していくためには、宇宙に社会をつくることだと思い始めたのです。
NASAにいた時も、国連にいた時も、有人宇宙活動についてこうした視点で考えることはありませんでした。自分の中の新しい発想が大学に来てから生まれたことは、自分でもとても興味深いことだと思っています。
河合:有人宇宙学の創設は象徴的ですが、土井さんは物事を俯瞰的に捉えることでビジョンを描き、そのビジョンの実現に向けて着実に前進されるように、セルフコントロールにとても長けていると感じます。なぜそれができると思いますか。
土井:夢を追い続けているからだと思います。中学生の時に星を見てから、宇宙のことが大好きになりました。私にとって宇宙は、いまでも神秘と謎にあふれた世界です。その謎を解き明かすためにずっと活動してきて、いまもそれが続いています。自分の強みを挙げるとすれば、いまも宇宙が好きだという気持ちを持ち続け、夢を追い続けていることだと思います。
河合:有人宇宙学という新たな学問を世界に広めることで、人間社会が抱える数々の問題が軽減されることを期待しています。宇宙開発がますます注目を浴びる中、宇宙の平和利用を実現するためにも、各国で大局的な視点に基づく判断が下されることが重要になりますね。
土井さんのお話を伺い、複雑な利害関係がある国際社会で仕事をしていくうえでは、自分の立ち位置を決めたら迷わず信頼して、自分の目的に向かっていくことの重要性を教えていただきました。日本という看板を背負っていながら、日本の国益ばかりに囚われず、地球人として世界からの視点で物事を考える姿勢は、真の意味でのグローバル・コスモポリタンだと思います。
本日は貴重なお話をありがとうございました。