弱点をどうすれば克服できるか
コロナ禍により、米国の医療システムが持つ欠陥の数々が浮き彫りになった半面、新型コロナウイルスのワクチンの製造・流通・接種に向けた取り組みを通じて、そのような弱点を克服する手立てが見えてくる。
●優先順位を決めて、プロジェクトの計画を立てる
コロナ禍の下では、医療システムが遂行すべき業務を継続することに注意を払いつつ、目の前の課題への対処をはっきりと優先事項として位置づけることをせず、次々と上がる火の手を消火することにあたふたと忙殺されているように見える。
たとえば、コロナ禍で最初の優先課題は、安全で有効なワクチンを開発することだった。しかし、ワクチンの製造と流通、そして患者への接種というその次の課題には、十分な関心が払われていなかった。
残念ながら、こうしたことは医療分野では珍しくない。目先の問題に対処することに終始し、当然予想される将来的な問題や目の前の問題の原因への対処がないがしろにされることが非常に多い。膝関節置換手術を受けた患者がリハビリを受けられなかったり、救命救急センターにたびたび搬送される患者が安定した住居を持っていなかったりすることは、その典型例だ。
政策立案者と医療界のリーダーたちは、目の前の重要課題に対処し、同時に目の前の問題の原因を理解し、さらに将来取るべき措置を計画しなくてはならない。
●現場の医療従事者の数を増やす
ある業務を行う人物にどのような資格を要求するかを見直すことに加えて、医師や看護師でなくても可能な業務を担うスタッフを増員することも必要だ。
ワクチンを接種する業務や、高齢の患者や症状の安定している慢性疾患患者の自宅を訪問して、薬をきちんと服用しているか、適切な食事を摂っているか、適度な運動をしているかを確認する業務などがその候補になるだろう。
ただし、そうした体制をつくるためには、莫大な予算と訓練が不可欠だ。
●権限と責任を明確化する
責任放棄、批判、責任のなすり合いにより、ワクチン流通に関する意思決定とその結果について、誰が責任を持つのかが曖昧になっている。個別の問題に関して、連邦政府が責任を担うのがよいのか、それとも州政府や自治体政府、民間組織が責任を担うのがよいのかは、問題の性格によって異なる。
ワクチンの接種スケジュールや薬液量の推奨を変更した場合の影響の検討など、全国共通の性格が強い問題は、連邦政府が対処するのが最適かもしれない。それに対し、それぞれの都市におけるワクチン接種会場の設計・運営など、地域の実情に応じた対策が必要な問題は、地域ごとに対処したほうがよいだろう。適切に権限を分配すれば、結果に対する責任も明確になる。
コロナ対策だけではない。医療の場では、このようなアプローチが求められる状況がきわめて多い。たとえば、癌検診のガイドラインは国や国際機関が決めている場合が多い。一方、そのガイドラインを実際にどのように実行に移すかは、個々の病院や医療グループ、場合によっては医療保険会社など、地域レベルで決定されている。
●ニーズのある場所でサービスを提供する
新型コロナウイルス感染症の検査の実施が許される施設の拡大、ワクチンの接種推進、オンライン診療に対する制限の緩和といったコロナ禍での取り組みをきっかけに、医療システムが抱く最大の関心事が供給側の効率性の追求から、利用者の利便性向上に転換していくことを期待したい。
実際、コロナ禍を通じて、消費者の期待が大きく変わった。食料品や生活用品の宅配が普及し、オンラインでの修理依頼が珍しくなくなった時代に、アマゾン・ドットコム、ウォルマート、ベスト・バイなど、異業種の企業が医療分野に目を向けるのは意外なことではない。具体的には、リテールクリニックを開設したり、在宅医療を行ったり、慢性疾患の患者向けにデジタル医療ツールを提供したりすることになるだろう。
コロナ禍をきっかけに現状の不十分な点が浮き彫りになり、しかも消費者がそのような状況を許容しなくなってきたことを背景に、医療への異業種参入はさらに加速するだろう。既存の医療業界は、これを深刻に受け止めたほうがよい。新規参入勢力との提携を考えてもよいかもしれない。
新型コロナウイルスのワクチンの開発・流通・接種のプロセスで生じている困難は、米国の医療システムが直面する課題の縮図だ。
米国の医療では、素晴らしいイノベーションが実現しても、その後の実行の段階が円滑に進まないことがしばしばある。バイデン政権は、そうした実行段階における問題を解決するための計画を発表している。そのような対策により、目の前の課題を解決するだけでなく、医療システム全体での学習を促し、永続的な改善を実現することが理想だ。
物事の優先順位をはっきりさせてプロジェクトの計画を立案し、現場スタッフを増員して、権限と責任を明確化し、ニーズのある場所でサービスを提供すること――こうした取り組みは、成果を生むまでに時間が掛かるように思えるかもしれない。しかし、そのような地道で継続的なアプローチは、米国の医療システムにとって極めて革新的なものなのだ。
HBR.org原文:Lessons from the U. S.'s Rocky Vaccine Rollout, January 28, 2021.