境界状態から生じる疑問
人類学でいう境界状態(リミナリティ)とは「隙間」時間であり、視点がシフトし、かつて確実だったことはいまも妥当かという疑念と、新たな考えが芽生える時である。
カート、シェリル、アジャイは3人とも、当たり前だと思っていた自分の職業人生と組織の状況に疑問を抱いている。3人はそれぞれ、困難に直面していると感じて変化したが、そのプロセスはまだ完了していないかもしれない。加えて、文化は独立した個人がともに働くことで形成されるため、個人の変化に伴い文化も変わり始めることになる。
個人の変化はいずれ、組織の変化へとつながる。
オフィスの大きな角部屋に戻った時、カートは社内でどのような文化を促進したいだろうか。過去にそうしていたように、パートナーたちが互いに切磋琢磨し、過去の自分と競うようにして優れた業績を上げると信じて、売上げのV字回復を目指すべきか。あるいは成長といっても、より深く個人的なレベルでの彼自身および同僚たちの成長について熟考し、これが組織にもたらす新たな可能性について検討すべきだろうか。
シェリルは、オフィスに戻ることを切望しているかもしれない。私生活の複雑な問題を一時的にでもシャットアウトできると考えているかもしれないし、成功するためにこれまで以上に仕事に集中する強い決意でいるかもしれない。
自分の人生を意義深くパーパスを持つためのツールとして仕事を利用しつつ、そのパーパスを決めるのは自分だと考えているかもしれない。以前は疑うことなく受け入れて、みずからを適応させていた自社の文化の規範や価値観に異議を唱え始めるかもしれない。
アジャイが同僚とようやく対面で会えるようになった時、あふれんばかりのエネルギーと創造力、自律的思考を持ち、コントロールされることを拒むアジャイに同僚たちはついていけるだろうか。あるいは社内で認められるための代価として、過去の研修プログラムの参加者たちが受け入れてきた文化に従うよう、アジャイは圧力を受けるだろうか。
もっと強くなって浮上する
ポストコロナの世界で、リーダーはコロナ以前の文化を再現しようとしてはいけない。ここまでの考察が示しているように、人々はまだ答えのない疑問を抱え、場合によっては相互に相容れない期待を抱えて戻ってくる。リーダーはその点を認識し、どう対処するかを検討する必要がある。
組織文化とは、顧客のニーズに応えるために、組織の目標とそこで働く人たちのスキルとのバランスを保つような習慣と価値観のレパートリーから成り立っている。したがって、その中の一つでも変化すれば、あるいはすべてが変化すれば、レパートリーも再編しなければならない。
ポストコロナの世界にいまよりも強くなって戻れるように、リーダーがみずからの組織や文化を整えるためのステップは次の通りである。
●ゆっくりと浮上する
コロナ禍の間に充電し、新たな集中力を持って「平時」に戻りたい従業員もいるだろう。疲労して混乱し、経験したことを処理する時間が必要な人もいるかもしれない。そもそも、戻るべきか疑問に感じている人もいるかもしれない。
ここまで破壊的な経験から戻ってくるためには、時間が必要だ。従業員はコロナ後に各自の業務上の習慣を調整しつつ、統合し、熟考する機会が必要である。
通過儀礼を終えて部族のもとに戻ってきた若者とは異なり、私たちが戻る先に「平時」の文化はもはや存在しない。皆で一丸となって再建する必要がある。
●何を維持し、何を捨てるかを見分ける
これから重要になってくるのは、長い時間をかけて培われてきた文化的実践や文化的信条の一部を維持し、今回の危機に対応するために編み出された慣行を制度化し、自社のパーパスと合わなくなった習慣を捨てることだ。そのために何を、どう扱うことが妥当かを見分ける必要がある。
次の例について考えてみてほしい。オンラインミーティングのチャット機能を使うことで、以前は意見を言わずに黙っていた人がかなり発言しやすくなった。一方で、その気軽さと比較的高い匿名性ゆえ、無礼な振る舞いや「やじ」のような発言が出てくるようにもなった。
チャット機能のエネルギーと包摂的な雰囲気を維持しながら、より慎重さと適切さを備えたうえで、対面でのミーティングを再開するにはどうすればいいだろうか。
●境界体験を完全に失わない
コロナ禍による社会的・経済的損失は甚大で、それは長期間続くだろう。しかし、その中で人と組織は、予想していなかった強みや機会も発見した。境界状態とはそのようなものだ。慣れ親しんだものや心地よいものに手が届かなくなった時、実験と内省が顔を出す。
境界体験は、信じがたいほどの力で文化の再構築を可能にする。これまでのような働き方に戻ったとしても、一時的な境界体験を組織内で再現することは可能だと覚えておこう。一歩引いて内省し、新しい可能性に挑むような状況をつくることはできる。
コロナ禍という境界体験を通して、私たちが共有でき、効果の長続きする学びがあるとしたら、それは混乱や不透明感の中で個人と組織が貴重な教訓を得られること、そして想像以上に我々の適応力は高いということだろう。
すなわちコロナ禍は、組織文化を再活性化し、試練の時を経て、誰しもが以前よりも強くなって帰ってくることができるという現実を象徴しているのである。
HBR.org原文:How Has the Past Year Changed You and Your Organization? March 10, 2021.