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アジャイル開発の方法論は、いまでは製造の枠を超えて、予算編成やタレントマネジメント、家族会議にまで応用されている。しかし、アジャイルは万能ではない。スピードを重視しすぎるがゆえに、顧客の存在を忘れてプロトタイプの完成が目的化したり、既存製品の改良に終始したりしてしまうのだ。アマゾン・ドットコムでは、顧客起点で考える「ワーキング・バックワーズ」を併用する。ジェフ・ベゾスが自身をチーフ・スローダウン・オフィサーと称するように、性急な開発を意識的に抑制しているのだ。


「アジャイル」思考やイノベーションという考え方は、類似する「リーン」とともに、製品開発や製造という本来の領域以外にも広がっている。いまでは、予算編成タレントマネジメント、さらには家族会議にもアジャイルの手法が採用されているという話は珍しくない。

 アジャイルは製品開発の効果的なプロセスだ。しかし、多くの組織はその導入が行きすぎていて、慎重な計画や準備を避けるために使っている。

 筆者らがアマゾン・ドットコムの幹部として学んだ別のアプローチと組み合わせることで、よりよい結果を得ることができる。アマゾン流の「ワーキング・バックワーズ」(Working backwards)は、重要な初期段階におけるアジャイルの欠点を補うことができるのだ。

アジャイル企業は先走っている

 アジャイルは、世の中に存在しない製品やサービスを開発している企業が、迅速に開発を進めたい時に最適だと思うかもしれない。だが、顧客は仮想の製品に反応を示すことはできないため、インタビューをしたり、彼らの行動を観察したりすることは難しい。

 こうした場合は、プロトタイプや実用最小限の製品(MVP)を開発することが有効だ。プロダクトチームは、通常2週間の一連のスプリントを通して、顧客に提示し、反応を得るのに十分なものをつくる。

 仮にそのアイデアが失敗しても、チームは少なくとも、わずかな投資で迅速に情報を得ることができ、その過程でよりよいアイデアを発見できるかもしれない。アイデアが支持されれば、チームは素早くイテレーションし、より優れた製品をつくることができる。

 一方、ワーキング・バックワーズは、計画性を重視したアプローチだ。これが登場したのは2004年で、アマゾンはeコマース戦略に成功し、大きな潜在市場を持つ新たなチャンスを積極的に探していた。どこに目を向けるべきなのか。

 アジャイルでは、ただちに妥当な製品を開発することが推奨されるかもしれないが、アマゾンは「早く進むためにスピードを落とすべきだ」とした。CEOのジェフ・ベゾスは、自身を「チーフ・スローダウン・オフィサー」と呼び、チームが顧客の問題や簡潔な製品ソリューションを明確に定義せず、性急にコーディングに取り掛かっていると思えば、みずから介入した。

 ワーキング・バックワーズのアプローチでは、提案する製品が完全に形になった時のビジョンと、製品発売のためのプレスリリースを文書化することが求められる。すぐにでもコーディングに取りかかりたいソフトウェア開発者やプロダクトマネジャーにしてみれば、これは間違った、あるいは不自然なやり方だった。

 チームは通常、プレスリリースの作成に数週間、あるいは数カ月を費やし、さらにはFAQ(よくある質問)も作成して、同僚や顧客、経営陣に対して、アマゾンがいかにしてその素晴らしい商品を、手頃ながら収益性の高い価格で提供できるかを説明した。幹部がそれらの文書に満足して初めて、コードを書き始め、実際に製品を組み立てることができた。

 このアプローチは定着している。アマゾンは今日に至るまで、たとえその時点では製品をつくる能力が不足していたとしても、顧客に喜んでもらえると思えるものを起点にして「逆方向に進む」ことを実践している。

 電子書籍リーダーのキンドルも、クラウドコンピューティングサービスのAWSも、音声アシスタントのアレクサを搭載したエコーも、アマゾンがデバイスを製造したり、他社の活動を自社のサーバーで管理したりした経験がほとんどなかった時代に、ワーキングバックワーズから生まれた。これらの製品はいずれもヒットし、それぞれ競合製品も現れたが、現在も最大の市場シェアを維持している。