ATTは何を変えるのか

 プライバシーに関するアップルの新たなアプローチは、ターゲット広告に頼る広告主、つまりほとんどのデジタル広告主に明確な問題を突きつける。iOSのエコシステムにおいて、アプリやモバイルサイト間でユーザーの行動を横断的かつ有意義に関連付けることが、格段に難しくなるのだ。

 オプトイン率にもよるが(前述の通り下がることが予想される)、どの広告をユーザーが見てクリックするのかに加え、どのユーザーが広告主のサイトやアプリ内で関連する行動へと進むのかを観察することにより、現在優れた成果を上げている広告ターゲティングのアルゴリズムは、大きな困難に直面することになる。

 全般的に、ATTによって、消費者にとっての広告の関連性は大幅に低下し、広告主にとっての広告効果は著しく下がることが予想される――ただし、アップルのパーソナライズ広告システムを通じて提供された広告を除いての話だ。また、iOSのアプリとモバイルサイトにおける広告の測定精度も下がる。

 多くの業界関係者は、いずれグーグルもアンドロイドのエコシステム内で似たような変更を実施すると見込んでいる。そうなれば実質的に、デジタル広告の関連性が全体的に低下し、測定の粒度と精度が大幅に下がることになる。

 デジタル測定の環境がこのように変われば、デジタル化――具体的には、ユーザー単位でのアトリビューションと広告の実験による高精度の測定――が可能にする、一部のイノベーションは後退してしまう。

 アップルは、ATTによるデータの利用制限に対処できるよう広告主を支援するために、キャンペーンごとの広告効果データを入手可能にするエスケーアドネットワーク(SKAN: SKAdNetwork)という測定ソリューションを提供している。

 だが、各広告主が適用できるキャンペーンの数には上限が設けられている。それに加えて、SKANでは購入やカートへの追加といったパフォーマンスイベントを観察する際に不規則な遅延が生じ、各キャンペーンでそれらのイベントを観察できるタイミングと回数が制限される。

 SKANは、差分プライバシーの領域に含まれる。これは、特定の統計的手法を用いることで、ユーザー個人の行動を推測できないようにしながら、異なるデジタルプロパティ間での行動の関連付けを可能にするというマーケティング測定のアプローチだ。

 差分プライバシーの普及は進んでいくと思われる。グーグルを含むほかのテクノロジー企業もこの種のテクノロジーに大きく投資しているが、プライバシーを守る新たな測定手法として広く受容・導入されるまでには、長い時間を要するかもしれない

 その間、より従来型ながらプライバシーが自動的に守られる測定ソリューションが妥当性を高めていくと思われる。

 一例として、マーケティング・ミックス・モデル(MMM)は、時系列的に観測される広告活動と売上高の集計データに基づいて作成され、下層の追跡データを関連付ける必要がまったくない。企業のマーケティングミックスの自然な変化を反映させたり、可能であれば時間や地域のランダム化を明示的に行ったりして、広告効果を測定する。

 マーケティング測定におけるMMMの復興が期待できる証として、フェイスブックは、広告主がガイドに従ってMMMを導入できるようオープンソースの計測パッケージを公開した。