変化にどう対応すればよいのか
では、広告主と広告会社は何をすべきだろうか。プライバシーをめぐる環境の変化に企業が対応するには、以下で述べる戦略的視点を取り入れることが役立つと筆者らは考える。
(1)差分プライバシー(アップル)や連合学習(グーグル)のようなプライバシー保護の方法論を積極的に受け入れる
これらは、消費者のプライバシーを守るために大規模プラットフォームが新たに取り入れている主要な方法だ。先のことを考えている企業は、これらに合わせた広告テクノロジーを構築すべきである。
プライバシーの方針が変わる時、広告主にとって最大の悩みの種となるのはインフラのアップグレードだ。この大規模変更を、革新的な新規テクノロジーに投資する好機と見るべきである。プラットフォームの規定に準拠するためだけでなく、将来を見据えての技術投資とするのだ。
測定と分析に使えるデータに新たな制約が課されることで、競合他社が投資や適応に慎重姿勢を見せている隙に、大きな転換期ならではの競争優位がもたらされるかもしれない。
(2)新たなプライバシー規制を回避するのは、有望な長期的解決策ではないことを理解する
プラットフォームの規定をこっそり違反し、広告のワークフローと測定方式を維持する策を立てるのは、比較的安価で簡単のように思えるかもしれない。
たとえば、デバイスフィンガープリンティング(ユーザーのブラウザから取得できる情報のみで端末を特定すること)や、サーバー間のコンバージョン管理などを用いる方法がある。しかし、こうしたやり方は、避けられない適応の痛みを先延ばしにするだけだ。
企業は抜け穴を利用した策略や、施行が不完全なルールに立脚した戦術ではなく、本当に意味のあるソリューションに投資すべきだ。現在のプライバシーの環境は総じて、自社独自のルールで運営する大規模プラットフォームに支配されていることを踏まえれば、なおさらである。
(3)決定論的でユーザー中心の広告測定モデルから移行する
それよりも、チャネルごとの広告キャンペーンの効率性を特定するために、広告支出と売上高の時系列的な変化を見るという、より総合的でマクロレベルのモデルを使うべきだ。
この方法は洗練されたデータサイエンスの専門知識を必要とし、適切なチューニングが難しいかもしれない。しかし、統計的精度を頼みとする測定ソリューションは、ユーザー属性の精度に頼るモデルよりも堅牢で耐久性がある。
MMMなどのツールによって、売上高や広告支出のような、すぐに入手と確認ができるデータから洞察を得ることができる。のみならず、テレビや屋外広告といった従来型のチャネルも広告メディアミックスに組み入れて、測定に対応させることができる。
(4)ユーザーに対する理解を深め、ニッチ製品への依存を減らす
識別子に基づく広告ターゲティングができない場合、最も影響を被るのは、ニッチなユーザー層をターゲットとして非常に高い収益化率に依存している製品や、顧客層におけるごく小さなセグメントからの極端に高い収益化率に頼っている製品だ。
もっと幅広い層に訴求する製品をつくることが、広告効果の低下を克服する戦略となる。製品を受容する人の数が多いほど、顧客にリーチするために広告をターゲティングする必要性は減るわけだ。
(5)創造性を高め、それを差別化の手段とする
端末の識別子と行動履歴がもたらすターゲティング能力を失った広告主は、潜在顧客に自社の広告をもっと受け入れてもらう方法として、創造性を重視するとよい。
斬新でユニークで魅力的な広告は、広告識別子の廃止によるデジタル広告の効率低下を完全に補うことはできなくても、競合他社のありふれて目立たない広告を突き抜けて、最適なセグメントにリーチする一助となる。
広告主が高精度のターゲティングという手段をほとんど失っても、広告クリエイティブは、露出対象となる幅広い受け手の中で最も適切な層に注目してもらう手段となりうるのだ。
この数年に行われたプライバシーポリシーの変更の中で、アップルのATTフレームワークは最も経済的影響が強く、大胆なものかもしれない。しかし、これ一つだけで終わることはないだろう。この動きは例外的な事象ではなく、新たな時代の始まりを告げるものである可能性が高い。
したがって、この機会に差分プライバシーや連合学習などのプライバシー技術を改めて学び、自社のマーケティング測定ツール群を持続的に改良していくことを筆者らはお勧めしたい。
"Apple Is Changing How Digital Ads Work. Are Advertisers Prepared?" HBR.org, April 26, 2021.