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世界がステークホルダー資本主義を論じる中、数百年前からそれを実践している枠組みがナイジェリアに存在する。毎年、数千単位のベンチャー企業を創出する「イボ徒弟制度」だ。新規事業育成の観点から注目されることも多いが、その中核には「繁栄を共有する」というイボ族のビジネス哲学がある。そこでは、コミュニティの経済均衡を守るために、競争相手とさえ協力し合う。市場の競争優位性は、希釈化や市場シェアの譲渡を通じて調整される。その結果、平等で平穏な共生がもたらされるというのだ。本稿では、現在の資本主義体制に新たな変化をもたらしうるイボ徒弟制度の枠組みを学び、その意義を論じる。


 ナイジェリアの南東部では何百年も前から、現在、ステークホルダー資本主義として知られていることが実践されてきた。企業は株主の利益のみならず、コミュニティ、労働者、消費者、環境の利益も高めなければならないとする経営のあり方である。

 この地域の主要民族であるイボ(イグボ)族は、「イボ徒弟制度」(IAS)で知られている。これはコミュニティレベルにおける新規事業育成の枠組みで、成功した企業が他の企業を育成して、いずれ資本を供給し、新企業に自社の顧客を譲るというものだ。

 したがって、市場を支配するまで巨大化する企業はほとんど存在しない。その理由は、市場シェアの譲渡を継続するためであり、そうすることによって1つのことを実現させる。すなわち、どれだけ小規模でも全員に機会が与えられる、おおかた平等なコミュニティの構築である。

 世界はいま、ステークホルダー資本主義を制度化する方法を探し求めている。少数だけでなく、誰にとってもうまく機能する、よりインクルーシブ(包摂的)で公正かつ公平な経済システムの導入を目指しているのだ。そうした中、イボ徒弟制度の信条や精神を知る意義は大きい。

 この制度は、市場が経営の説明責任、競争力、収益性を向上させると同時に、ともに繁栄するための基礎を築けることを示している。その結果、コミュニティはインクルーシブな経済成長を経験する。力を得た労働者と消費者に支えられた企業が、受託者として持続可能な成果を上げるからだ。

 換言すると、投資家、労働者、消費者、コミュニティ、環境というすべてのステークホルダーのために価値を創造することは、ゼロサムゲームではない。力を与えられたステークホルダーが、未来の市場に力を与えるのだ。

 IASは、世界最大のビジネスインキュベーターとして認識されている。この枠組みを通じて、毎年数千単位のベンチャー企業を世の中に送り出しているからだ。ナイジェリア発の自動車メーカーとしてアフリカで最大の売上高を誇るイノソンモーターズの創始者、イノセント・チュクウマはIAS出身である。

 アフリカ最大の石油・ガス会社の一つであるキャピタル・オイル・アンド・ガスのオーナー、イフェアニ・ウバもそうだ。同社はナイジェリアで最大の民間原油桟橋、18のアームを有するローディング用ガントリー、外航船、容量2億リットル超の貯蔵施設、何百隻ものタンカーを所有している。

 製造、自動車、石油化学など多岐にわたる業種の会社を傘下に持つコングロマリット、コスチャリス・グループを率いるコスマス・マドゥカも、このIASの出身だ。

 初等教育は終了したものの、中等教育でドロップアウトしたウバやチュクウマとは異なり、マドゥカは初等教育すら終了していない。最近まで、これは典型的だったケースだ。つまり、学校ではなく徒弟モデルによって教育が行われ、若者は市場の仕組みや事業の秘訣をマスターの下で学ぶのである。