本連載では『ハーバード・ビジネス・レビュー』を支える豪華執筆陣の中から、特に注目すべき著者を毎月一人ずつ、東京都立大学名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選します。彼らはいかにして、現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会として、ご活用ください。本稿では、ハーバード・ロースクール特別フェローのハイディ K. ガードナー氏についてご紹介します。

プロフェッショナルサービスの
チームマネジメントを研究する
ハイディ K. ガードナー(Heidi K. Gardner)は1971年、伝統的な生活様式を維持するアーミッシュが暮らす地域として知られるペンシルベニア州ランカスターカウンティで生まれ育った。なお、ランカスターではドイツ語の方言のペンシルベニア・ダッチが使われていたため、ガードナーはドイツ語が堪能である[注]。
ガードナーは現在、ハーバード・ロースクール(HLS)のセンター・オン・ザ・リーガル・プロフェッション(CLP)で特別フェローを務める。また、同校アクセラレイテッド・リーダーシップ・プログラム、セクターリーダーシップ・マスタークラス、スマートコラボレーション・マスタークラスのファカルティチェアも務めている。
彼女がHLSで担う役割はいくつかある。まずは講師として、J.D.(法務博士)およびLL.M.(法学修士)プログラムの学生を対象に、プロフェッショナルサービスにおけるリーダーシップとチームマネジメントを教えている。また、ファカルティチェアとして、経験豊富な弁護士を対象とする短期集中プログラムを担当し、リーダーシップとコラボレーションを指導する。それらに加え、実務家と法曹教育の橋渡しを目的として、CLPの特別フェローとして研究活動に従事している。
ガードナーは、ペンシルベニア州リティッツにある女子専門の寄宿学校のリンデンホール・スクールを卒業後、ペンシルベニア大学に進学し、東アジア研究(日本語)を専攻した。日本語を学ぶきっかけになったのは、ペンシルベニア州知事が主催する国際研究のサマースクールに参加したことで異文化に興味を持ち、リンデンホール在学時に日本からの留学生と親しくなって日本語を学んだことによる。
ガードナーは1992年、同大を最優秀の成績(Summa Cum Laude)で卒業し、優等学生友愛会(Phi Beta Kappa)の会員にも選ばれた。その後、プロクター&ギャンブル(P&G)に入社し、ボストンとニューヨークでアカウント・エクゼクティブとして勤務しながら、日本語とドイツ語の能力を活かすために、日本かドイツに赴任する機会を探っていた。
しかし、P&G に在籍して1年が経っても赴任するチャンスを得られなかった。そこでガードナーは、教育研究の国際的な相互交流を目的とするフルブライト・フェローシップに応募し、1995年にドイツに派遣された。ドイツでは旧東ドイツの中央部に位置するデッサウに1年間滞在し、地元の学校での英語教育のカリキュラム改革に取り組んだ。
ガードナーはこの時の経験を通じて教育者になることを考え、1996年にロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)に進学し、翌年に修士号(M.Sc.)を修得した。そのまま博士課程に進むことも検討していたが、同時期にマキンゼー・アンド・カンパニーのロンドンオフィスからの誘いを受けた結果、マキンゼー・アンド・カンパニーへの就職を決めた。
マッキンゼー在職中は、夫とともに南アフリカのヨハネスブルグに1年間滞在し、その後はロンドンに戻ってエンゲージメントマネジャーを務めた。しかし、教育者になるという思いが消えることはなく、LSEの博士課程に進学することを検討し始めた。
ガードナーは、LSEの修士課程で彼女の指導教官を務めた教授に進学を相談したところ、ロンドン・ビジネススクール(LBS)への進学を勧められた。LSEでの研究は孤独だが、LBSはクラスワークが前提となるので、マッキンゼーのコンサルタントとしてチームで仕事をした経験を活かせることが理由であった。
恩師のアドバイスを参考にして、ガードナーはロンドン・ビジネススクール(LBS)に進学すると、2005年に研究修士(M.Res.)を取得したのち、2008年に組織行動論のPh.D.を授与された。
彼女の博士論文のテーマは、“Expertise Utilization in Project Teams: A Status-Based Account of Process and Performance” (プロジェクトチームにおける専門知識の活用:プロセスと成果に関するステータス・ベースト・アカウント)である。
この論文では、プロフェッショナルサービスを提供する企業が、チームのメンバーが相互に各々の専門領域および知識について認識しているにもかかわらず、なぜチームとしてそれらを効果的に活用できないのかという問題を提示し、それぞれの専門知識を適切に活用する方法とタイミングを明らかにした。
ガードナーがこうした議論を展開した前提には、ビジネス環境の不確実性と複雑性が増し、専門知識がたえず進化する状況の中で課題解決を実現するためには、優秀なスター社員を核とする伝統的な縦割り組織に限界が生じていたことが挙げられる。
各メンバーが焦点を絞って深掘りした専門知識を提供し合い、複数領域にまたがる学際的な知識を獲得するために、チームをどのようにマネジメントすべきか。この問題意識は、以降の研究にも一貫している。
ガードナーは多くのビジネススクールに応募して面接を受けたが、2008年にハーバード・ビジネス・スクール(HBS)からオファーを受けると、組織行動ユニットの助教授として所属。同校のMBAプログラムやエクゼクティブ・プログラムでは、「リーダーシップと組織行動(LEAD)」「プロフェッショナルサービス企業におけるリーダーシップ」などの講義を担当した。
その後、2013年より、HLSが主催するオープン・エクゼクティブ・プログラムで「法律事務所のリーダーシップ」と「法律事務所の先進的なリーダー」の講座を担当するようになると、HBSを退職し、2014年1月からHLSのCLPに所属し、現在は特別フェローを務めている。
「成果プレッシャーのパラドックス」を克服する
ガードナーは2012年、『ハーバード・ビジネス・レビュー』(Harvard Business Review、以下HBR)に“Coming Through When It Matters Most,” HBR, April 2012.(邦訳「メンバーのプレッシャーを克服させる法」DHBR2012年9月号)を寄稿した。
この論文では、チームで解決すべき重要な課題に対して、独自の質の高い成果を出すような提案をする準備を進めてきたにもかかわらず、提案直前になって安全で一般的なアプローチを選択するのはなぜかという問題意識の下、その原因と克服方法を論じている。
特に知識ベースのプロフェッショナルサービス企業では、この現象が頻繁に見られる。チームの各自が新しい領域で経験を積めるように業務を分担し、全員の賛同を得て革新的な方法の検討を始めても、メンバーのあらゆる専門知識を駆使することが求められる局面になると、過去に実証済みの手法に逆戻りし始めてしまうのである。その原因は「成果プレッシャーのパラドックス」(pressure paradox)にあるとガードナーは指摘した。
成果プレッシャーのパラドックスとは、上司やクライアントの不安からくるプレッシャーが高まるにつれ、仕事の完了を急いだり、無意識のうちに権威に寄り添ったり、専門性よりも共通性を重んじたりし始めることで、やっかいな議論を避けるようになって重要な情報や提案の核心には触れず、コンセンサスの形成を優先するようになる状況を指す。さらに悪いことに、チームがその方向に傾き始めるとクライアントの不安が高まり、そのプレッシャーから独自の提案を行うという当初の目標から離れて、結果的にチャンスを失うことになる。
ガードナーは成果プレッシャーのパラドックスの解決策として、(1)クライアントに詳しい人材をチームに加えること、(2)メンバーがどのような貢献ができるかを最初から知っておくこと、(3)実際に貢献しているかを確認すること、(4)軌道修正の時間を取ること、(5)独創的な知見がチームに受け入れられるようにすること、以上の5つを実践することが重要だと主張した。
スマートコラボレーションで
ビジネスの難題を解決する
ガードナーは、“Getting Your Stars to Collaborate,” HBR, January-February 2017.(邦訳「卓越したプロフェッショナルをコラボレーションに巻き込め」DHBR2018年3月号)の中で、組織の専門家たちが分野や慣行の垣根を超えて、成果を生み出すことを重視した「スマートコラボレーション」を実践する文化の構築法を提言した。
知識労働(ナレッジワーク)を提供する知識ベースの企業が最先端を走り続けるためには、専門家たちが自分の領域に全力を傾けて、たえず新たな知識を獲得しなければならない。その一方で、クライアントが激しい環境の変化に直面する中、彼らが抱える複雑な問題を解決するためには、それぞれの専門知識を統合する必要がある。
だが、長年続けてきた縦割り型の働き方からの脱却は難しく、スマートコラボレーションを実現することは簡単ではない。それでも、その見返りを考えれば、努力する価値はあるとガードナーは主張する。
この論文では、ハーバード大学医学部で癌(がん)の研究を行うダナ・ファーバー研究所の事例を通して、自分の分野で最先端を走り続けたいと考える研究者たちが、それぞれの専門分野や組織の垣根を超えて協働するシステムに移行することの難しさを挙げながら、その課題をどのように克服するまでのプロセスを例示した。
がんを熟知するためには、才能豊かな個人が自分の興味に基づいて焦点を絞り、それぞれの専門分野に特化した研究を進める必要がある。一方、がんの発病原因は複雑であり、その予防と治療を効果的に行うためには、複数領域にまたがる努力も必要とされる。しかし、縦割り型の組織で激しい競争を繰り広げる研究者たちを協働させることに難しさがあった。
ダナ・ファーバー研究所が、研究者同士の協働を促進するために実行した最初のステップは、既存の組織構造に加えて、新たな組織構造をつくることであった。各研究室は引き続き研究に取り組む一方で、各研究室の運営を包括するために10の統合研究センターを設置し、その分野の専門知識を持つ教授をトップに置いた。
次に、インセンティブの悪影響を軽減することに務めた。個人の目標追求を支援するために無制限の資金援助モデルを採用していたが、それが研究者間の競争を招いていたので、そのモデルは残しながら、コラボレーションを前提とするセンターのトップを引き受ける対価として、潤沢なシード資金を与えたのである。
それ以外にも、センターの成功を測るために新たな測定基準を設けたり、ウェブベースのプラットフォームを作成して各プロジェクトの目標や進捗を開示したりするなど、スマートコラボレーションを実現するための変革を実行したことで、ダナ・ファーバー研究所は大きな成果を上げている。
なお、スマートコラボレーションに関する書籍として、Smart Collaboration: How Professionals and Their Firms Succeed by Breaking Down Silos, 2017.(未訳) を上梓している。
マルチチーミングの弊害を
どうすれば軽減できるのか
ガードナーは、“The Overcommitted Organization,” HBR, September-October 2017.(邦訳「マルチチーミング:複数チームへの参加を組織の強みにする」DHBR2018年4月号)の中で、社員を同時に複数のプロジェクトに割り当てる「マルチチーミング」という手法を紹介し、組織やチームのリーダーが直面する問題点とその解決策を論じた。
マルチチーミングを実践すれば、さまざまな職能部門や事業部門に属する個々の社員の時間や知力を複数のグループで共有できる。また、人的資本の活用という意味でも効率的である。社員をたった一つのプロジェクトに専念させ、プロジェクトの合間に遊ばせられる組織はない。人的資本という高コストな経営資源を複数のチームに振り分けて、100%の時間を活動させられるメリットがある。
特に知識労働を中心に、マルチチーミングは至るところで実践されている。その主な理由としては、(1)大掛かりで複雑な問題を解決するために幅広い専門知識を活用しなければならないこと、(2)コストを抑えて経営資源をフル活用することへの圧力が高まっていること、(3)社員のプロジェクトの選択権を拡大することで、人材開発やモチベーションの向上、離職防止を図る方向に向かっていること、などが挙げられる。
ただし、マルチチーミングによるデメリットも大きい。共通のメンバーを介してプロジェクトの成否が連鎖すれば、あるプロジェクトの失敗が別のプロジェクトに波及するリスクがある。また、メンバーがたえず入れ替わることで結束力や帰属意識が弱まり、メンバー相互の信頼関係の構築や問題解決が難しくなる。さらに、特定のメンバーが複数のプロジェクトをまたぐことで、ストレスや疲労を感じたり、燃え尽きてしまったりという弊害もある。
ガードナーは、マルチチーミングの弊害を軽減するために、チームのリーダーと組織のリーダーのそれぞれが取り組むべきことを紹介している。
チームのリーダーが取り組むべき優先課題は、メンバーの仕事を調整し、積極的な関与と適応を促すことである。そのためには、(1)チームをうまく立ち上げて信頼と親密さを築く、(2)全員のスキルをマッピングする、(3)複数のチーム間で時間をやりくりする、(4)学習環境をつくる、(5)モチベーションを高める、という5つが有効だという。
また、組織のリーダーは、複数のチームでメンバーをどのように共有しているか、共有メンバーは何人いるかに目を光らせる必要がある。そのためには、(1)人的資本の相互依存関係をマッピングし分析する、(2)知識の移転を促す、(3)衝撃を和らげる、という3つの施策を講じるべきだと提言した。
アジャイルプロジェクトを成功に導く方法
ガードナーは、“For an Agile Transformation, Choose the Right People,” HBR, March-April 2021.(邦訳「アジャイル変革を成功に導くチームをつくる方法」DHBR2021年7月号)の中で、アジャイルプロジェクトの問題点と解決策を明らかにしている。
アジャイル手法はソフトウェア開発を中心に採用されていた方法論であり、プロジェクトを反復的に処理できるように管理段階を細分化して、プロジェクト内容の変更や不確実性にかかるコストの削減を目的にして行われる。この手法をそれ以外のプロジェクトにも応用すれば、変化の速い環境や予測がしにくい環境において、迅速な目的の達成が可能になる。
しかし、ガードナーらの調査により、大規模アジャイルプロジェクトの多くが目標達成に失敗するだけではなく、組織に混乱をもたらしていることが判明した。小規模なアジャイルプロジェクトが奏功した場合でも、それを全社に展開できない企業が大多数である。
その要因を探るために、ガードナーらは「組織ネットワーク分析」を実施した。これは組織内のコラボレーションの状況を理解して改善させるために、公式・非公式の人間関係をマッピングするものだ。その結果、アジャイルプロジェクトが失敗する要因は、スタープレーヤーだけを集めてチームを組織すること、アジャイルチームを会社全体の事業から切り離した独立して孤立させてしまうこと、メンバー全員が100%その仕事に専念していることにあると判明した。
それでは、適切な人材を任命し、彼らの役割を決めるためにどうすればよいのか。ガードナーらは、(1)アジャイルチームの重要な役割には、誰もが知っているスタープレーヤーではなく、能力や人脈は持っているが組織内であまり知られていない「隠れたスター」を任命すること、(2)チームにはない専門知識を誰から、いつ得るべきかを的確に判断するために、強いつながりを持つ人材を見出すこと、という2つの原則を挙げている。
アジャイルプロジェクトを成功に導くためには、アジャイルチームを他と切り離された存在にするのではなく、広範なコラボレーションのネットワークに組み込む必要がある。それをやることで、チーム内外の人材を最大限に活用し、過剰な負荷や燃え尽き症侯群を防ぎ、チームの崩壊を回避して、より迅速に目的を達成することできると、ガードナーらは主張する。
ガードナーには年の離れた兄が2人いて、3人とも大学に進学したが、故郷を離れて進学したのはガードナーだけであった。家父長制が残るアーミッシュカントリーにおいて、彼女の行動は異端とすらいえる。
幼い頃から異文化への関心が強く、2匹のテディベアがニューヨークに旅行し、さまざまな冒険をする絵本が好きだったという。いつの日かニューヨークを訪れることに憧れていた少女が、その後、日本、ドイツ、英国、南アフリカで暮らし、グローバルに活躍する学者としての人生を歩んでいる。
【注】
“The extra(ordinary)Executive: How do you measure success?” Agilis Executive Consulting, November 1, 2020. https://agilisexecutive.com/dr-heidi-k-gardner.