癒しのライティング

 エクスプレッシブ・ライティングとは、広義には、自分の考えや感情を理解する手助けになるライティングである。名高い著述家は、このことを直感的に知っている。たとえばジョーン・ディディオンは、「自分が何を考えているのか、それを書き出すまで自分でもわからない」と書いている。

 エクスプレッシング・ライティングには、ジャーナリング、体験記、詩、意見や考察をまとめるなど、さまざまな形がある。しかし重要なのは、何を書くかより、どのように書くかだ。

 研究者によると、癒しの効果が最も高いライティングは、創造性に関する一定の要素に沿って書く必要がある。最も重要なのは、自分のために書くということだ。具体的で、真実の言葉で、明確な詳細を含むこと。さらに、書きながら感情と出来事を結びつける。

 このようなライティングによって、導入と中間と結末から成る複雑で一貫したストーリーを語ることができる。そして、書き手は被害者から、観察する力を持った語り手という、より強力な存在に変わる。つまり、表現して意味を持たせるために書く時、私たちはある程度の主体性を取り戻すことができる。

「犠牲者と生存者の違いは、トラウマに意味を持たせるかどうかだ」と、デサルヴォは言う。たとえば、ホロコーストについて、多くの生存者が自分の体験を記録した。1946年に出版されたヴィクトール・フランクルの『夜と霧』は、9日間の口述をもとに執筆され、原文のドイツ語のタイトルは『心理学者の強制収容所における体験』だった。想像を絶する状況を経験して自分自身を取り戻すためには、こうした没入型の内省的な書き方も役に立つ。

 自分のストーリーを書くことで、私たちは自分の人生の書き手であり続けることができる。

実践のポイント

 癒しのツールとして書くことに関心がある人のために、実際に始めやすい3つのポイントと、それぞれプロンプトの例と実際の文章を紹介する。

 1. 手を止めない

 何よりも自分のために書く。文法や綴りは気にしなくていい。他人がどう思うか、うまく書けているか、丁重か、公平か、などと考える必要もない。タイマーをセットして10分間の「フリーライティング」をしよう。具体的なプロンプトをもとに、頭に浮かんだことを書いて、手を動かし続ける。

プロンプト:考えすぎず、思いつくままに書く──パンデミックの経験の中で印象的な瞬間や心に残っている瞬間を考えた時、頭に浮かんだ言葉やメモ、フレーズ、文章を何でもいいから書く。言いたいことがなくなったら、新しい考えが浮かぶまで、「言いたいことがない」と書く。

 例文として、ロックダウンが始まって最初の数週間に私が書いたノートから、編集せずに引用する。

「ロックダウン前に参加した最後の大人数の集まりは、2020年3月12日、推敲に関するライティングのワークショップだった。部屋は期待でくらくらしていた(部屋がくらくらするのか?)。私たちは1フィート間隔で並べられた椅子に座ってそわそわしながら(何かを知っていたかのように)、1人用サイズのスナックをむしゃむしゃ食べた。ネイチャーバレーのグラノーラバー。個別包装のホステスのドーナツ。習慣を変えなければならないという知識はあった。私たちの前に立ちはだかるウイルスの津波から、自分を守るための十分な知識はなかった。1人用サイズのスナックのほかに覚えていること:講師がある作家の言葉を引用した。芸術作品の中に宇宙がある必要はない。家があればいい。書斎にこもっていよう。部屋は1つでいい、歩き回れる広ささえあれば。皮肉にも、その後、まさに私の自宅は家族の宇宙となって、終わりも見えずに来る日も来る日も……」

 2. 詳細はとことん細かく、感情は大げさにしすぎない

 詳細まで掘り下げて書こうと、シカゴ大学でプログラムマネジャーを務めたことのあるジーナ・ディポニオは助言する。

「自分の経験に伴う感情と真実にたどり着くために、詳細で具体的な瞬間に意識を向けよう。力は細部に宿る。細部がリアルさをもたらすからだ。小さな瞬間や些細なことまで思い出すことによって、本当に起きたことに立ち返り、その経験の中に自分を置くことができる。最も些細なことが、最も大きな真実や感情を引き出す時もある。すべてを受け入れる場所をつくり、その広さと深さの中で自分の経験をとらえる」

プロンプト:自宅の中で、あなたにとって今回のパンデミックのある瞬間を象徴するものを1つ、思い浮かべる。それをフルカラーで再現する。その重さを感じる。あらゆる感覚を働かせる。続いて、そのものについて書く。その意味をどのくらい広げることができるだろうか。

 例文として、ディポニオ自身のエッセイから引用する。

「私はキッチンのシンクの前に立っている。いつもと同じ。野菜を洗う。食器を洗う。鍋に水を入れる。手を洗う。手を洗う。手を洗う……食材をすべて洗う、毎日。食器もすべて。最近はあふれ返ったシンクを見ただけで、扁桃体が揺さぶられるような気がする。精神的なじんましんのような感じだ。そして、このパンデミックは終わりが見えない。私はさらに洗う……」

 3. 新しい発見を得る

 私たちの周りの世界が変化したように、私たちも変化している。何が重要で、何が重要でないかについて、乗り越える力になるのは何かについて、学んだ人もいるだろう。自分について知ることがあったかもしれない。

 書きながら、それらの教訓を自分のものにする。人間は意味を生み出す機械であり、書くことはそのための自然な方法なのだ。

プロンプト:パンデミックの前は知らなかったが、いまは知っていることを1つ挙げる。どのようにして知ったのか。あなたの認識が変わったのはいつか。

 例文として、私のノンフィクションのワークショップ「ボイス・ザ・パンデミック」(パンデミックを語る)に参加したリサ・ヴェンチュラの文章で、「スレート」に掲載されたものから引用する。

「パンデミックが永遠に続くかに思える中、私は毎日、自分の共感力を鍛えている。父の欠点に対する恨みは尽きないけれど、新型コロナウイルスが父やほかの人をいつ襲ってもおかしくないこともわかっている。しばらくは、父にそれなりの優しさと許しを持って接するしかない……」