
バイデン米大統領が、企業に対して新型コロナウイルスのワクチン接種や検査を義務付けた。義務化を強烈に支持する従業員がいる一方、強い反感を覚える人たちも同じくらい存在し、リーダーはその対応に頭を抱えている。この問題に適切に対処し、無用な分断を防ぐうえでは、義務化に対する脳の反応を理解することが有用だ。本稿では、人が義務化を脅威に感じるメカニズムを明らかにし、それを緩和するための具体策を提示する。
ジョー・バイデン米大統領が、従業員100人以上の企業に対して、従業員の新型コロナウイルス・ワクチン接種または毎週の検査を義務付けることを発表すると、リーダーたちはみずからの組織におよぶ影響を理解しようと必死になった。プライバシー、個人の権利、集団的責任をめぐる問題が表面化し、法的問題に迫られる可能性があるのは言うまでもない。
法的または技術的な問題も多くあるが、大きな課題となるのは、義務化に対する従業員の反応に対処することだ。この問題が大きな緊張感をもたらす恐れがあることは間違いない。
最近行われた調査では、米国人の44%がワクチン接種を義務化されたら会社を辞めると答えた一方で、義務化「されない」場合は会社を辞めると答えた人も38%に上った。在宅勤務の問題と同様に、どちらの立場に対しても人々は激しい感情を抱いている。
企業が次のステップを考えるにあたり、マネジャーが義務化をめぐる潜在的な対立を理解し、この困難な状況に対処する戦略を立てるうえで、脳科学が役に立つ。
義務化を脅威に感じる理由
義務化は、自律性が侵害されているように感じさせる。自律性は、脳における脅威と報酬のうち、最も重要な5つの内的要因の一つだ(他の要因は、地位、確実性、関係性、公平性)。
自律性とは、自分でコントロールすることができ、選択肢があると感じることだ。人は選択肢があると、ポジティブな気持ちになるという自然の報酬を得る。調査によると、自律性を少し与えるだけでも大きな効果がある。ある企業では、従業員に自分の職場を自由に装飾する機会を与えたところ、生産性が25%も向上した。
反対に、選択肢が奪われたと感じると、不満から怒りへと強い反感が生じ、コラボレーションはもちろんのこと、集中力も著しく低下する。
義務化は、従業員が個人として何かを選択する余地を奪う。最初からワクチン接種に前向きな人は損失を感じないだろう。一方、ワクチン接種を躊躇している人は、義務化によって自律性が失われ、脳が「脅威状態」に陥ってしまう。
一般的に、脳内で認識される脅威には3つのレベルがあるとされる。
レベル1の脅威:この脅威に差し迫った危険は感じない。たとえば、ハリケーンが自分の住む町に近づいているという情報を聞いたとすると、脳はその脅威を認識するが、警戒心は抱かない。
レベル2の脅威:この脅威は身近で、心拍数やストレスホルモンが増加し、体が闘争・逃走モードに入る準備をする。警戒心が強くなり、特定の認知リソースにアクセスできなくなることもある。ハリケーンに例えると、自分から近い場所に上陸する時に感じるものだ。
レベル3の脅威:この脅威は自分と密接に関係するものだ。ハリケーンが目の前に迫ってきて、脳も体も完全にパニック状態になる。反射的に決断を下し、戦うあるいは逃げるためにあらゆる身体的リソースを積極的に投入する。複雑な思考はほとんど行われない。
ワクチンの接種を躊躇している人は、義務化によってレベル1からレベル2、3へと移行し、圧倒されたように感じて、無用な争いを引き起こす恐れがある。
部下が脅威を感じないようにするために、マネジャーは別の形の自律性を提供することができる。ワクチン接種の場合は、いつ、どこで、どのように接種するかを従業員が選択できるようにする。どんな形の選択でも、特に予想外のものは、自律性に対する脅威を軽減させる。