
オープン・イノベーションはいまだ大企業が中心であり、中小企業が主体的に取り組む例は限られている。しかし、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、オープン・イノベーション支援を行うナインシグマ・ジャパンの立ち上げに参画し、現在は和歌山の老舗メーカーの再建に挑んでいる星野達也氏は、オープン・イノベーションは中小企業こそ積極的に活用すべきだと語る。第3回は、中小企業がオープン・イノベーションを実践することで、自社にもたらされる変化を論じる。連携先ごとに具体的に解説する。第1回はこちら、第2回はこちら。
最終回となる本稿では、筆者が中小メーカーの立場でオープン・イノベーション(当社では「社外連携」と呼ぶ。第1回参照)を実践した経験を通じて、自社にどのような変化をもたらすかを提示したい。筆者が確信していることは、社外連携は業績改善の手段に留まらず、生産性の向上、人材育成、企業風土の改革などに大きく貢献を果たすということだ。長期成長を考えれば、むしろそれらにより大きな価値があるとすら思っている。
●生産性の向上
当社のようにヒト・モノ・カネのリソースが限られる中小メーカーの場合、事業の生産性を高めることが、変化が急速な時代を生き残るうえで極めて重要だ。外部のリソースをあたかも自社のリソースのように使いながら事業を進める社外連携は、限られたリソースで効果を最大化することにつながり、生産性を向上する有効な手段となる。
図表3は、筆者が代表に就任した頃、当社のものづくりに関する課題をまとめたものだ。この課題は当社だけでなく、世の中一般のメーカーにも当てはまることだろう。根強い自前主義があることが理由で生産性が上がらないだけでなく、それぞれの課題が互いに連鎖するため悪循環を生むこととなる。
図表3 自前主義を起点とする悪循環
自前主義が常に悪いというわけではない。しかし、外部環境が急激に変化する中、開発スピードに対する要求は増すばかりで、すべてを自前で解決するやり方は限界を迎えている。この循環を断ち切り好循環に変える手法の一つが、問題の根本にある自前主義からの脱却である。
自前主義を廃し、積極的に社外リソースを活用することで開発のスピードが上がり、それがリスク低減や業績改善に直結する。業績が上がればヒト・モノ・カネに対する投資が可能となり、次の挑戦に踏み出すこともできる。このように生産性の高いものづくりに進むことが、今後の中小メーカーに求められることであり、社外連携がもたらす大きな効果だと考えている。
●人材育成
社外連携の推進は人材育成にもつながる。技術者が外の空気に触れることで、さまざまな気づきや学びを得て、それが彼らの成長を促すのだ。一方で、開発者が自分で手を動かすよりも外注管理に時間を割くようになり、開発者自身の技術力が伸びないという指摘をよく受ける。オープン・イノベーションの反作用として、これまでもたびたび語られてきた問題だ。しかし、それは事実なのだろうか。
あくまで筆者の経験ではあるが、外注管理を担当する開発者のスキルが衰えているという感覚はない。むしろ広くさまざまな技術領域に関する理解を深める必要があるので知識は拡大し、時間内に開発を進めるためのタイムマネジメント力、他社の開発者を動かすためのコミュニケーション力など、総合的なリーダーシップ力強化につながっている。
たとえば、メカ設計担当の技術者が電子制御設計やソフトウェア開発まで外注管理するようになったことで、技術者の守備範囲がいっきに広がるとともに、リーダーシップ向上に直結して、自分の領域に限定されない目線でものづくりをとらえられるようになった。外注管理で技術を磨く時間が削られるのではなく、リーダーシップを養う機会になるという考え方はできるのではないか。
●企業風土の変革
当社をはじめ、ある程度の歴史を持つ企業は、社内で脈々と受け継がれてきた独自の作法や方法論を確立しており、それを守り抜くことを使命だととらえることが多い。自社で学んだやり方が時代の流れと乖離していても、その事実に気づくことは難しい。その時、社外の組織と触れ合うことで得られる気づきや学びは変化を促す。
不慣れな企業が社外連携に挑戦すると、かなりの確率で相手企業との間に摩擦が生じる。自分たちの方法論が正しく、相手がやり方を改善すべきだと考えてしまうのだ。そこで思考が停止する企業もあるが、自分たちのやり方がすべてではないことに気づける企業もある。摩擦で生じた熱量を変革のエネルギーに変えることができるのだ。
たとえば、大企業と連携すると、グローバルで戦う企業の技術レベルの高さや品質に対するこだわりを知り、自分たちとのギャップを思い知らされる。中小メーカーとの連携では、同じような環境で試行錯誤する企業が創意工夫の中からつくり上げた方法論に大きな刺激を受け、競争心を煽られる。スタートアップとの連携では、リスクを取り背水の陣で戦う企業のスピーディかつ効率的なものづくりの手法を学び、産学連携では大学内で生まれたコンセプトを事業につなげるという経験をする。
このように自前主義にこだわっていては絶対に得られない強烈な刺激を受けることで、自社の従来のやり方に疑問を呈し、創意工夫をして会社を変えようとする動きが見られ始める。そして、それをリードしようとするチェンジリーダー(変革をリードするリーダー)が生まれる。チェンジリーダーが生まれると、周囲に追随する者が現れ、変革が加速し、その流れが臨界点を越えると会社が新しく生まれ変わる。
常に会社の外の世界や人たちに触れ、自分たちを客観的に見て、時には自己否定するような企業風土を醸成することは、企業にとって間違いなく有益である。そのきっかけをつくるうえで、社外連携は有効だと筆者は感じている。
トップはいかなる役割を果たすべきか
中小企業の経営者という立場で社外連携を進めてきた経験を通して、これをうまく推進するうえでは、トップのリーダーシップが極めて重要だと痛感している。第1回で示したように、社内的には早期に活動のモメンタム(勢い)をつかむことが重要となり、社外的には相手企業とウィン・ウィンの関係を構築することが絶対条件となる。そして、その両面でトップが果たす役割は大きい。
たとえば、活動のモメンタムをつかむためには、トップみずからが活動にコミットし、取り組みの内容を社内に伝えることが有効だ。社外連携を始めようとすると、かなりの確率で社内から不満や不安の声が上がり、それを上手くコントロールしなければならない。そのような声を抑えることができるのはトップだけである。
ただし、社外連携を拙速に進めようとすると、「自分たちにできないから社外を使おうとしているのか」「社外のマネジメントに時間がかかりすぎる」など、現場から抵抗が沸き起こることは想像に難くない。意見が通りやすい声の大きな社員が反旗を翻しただけで、活動が停滞することも珍しいことではない。前例のない活動を否定することは簡単なので、活動が軌道に乗るまでは不安は尽きない。
そのような時こそ、トップがコミットメントを示すことが必要になる。長期的な成長を見据えている経営者の目線から率直に説明するだけで、現場の理解はかなり深まる。何を伝えるかも重要だが、自分の意志を説明しようとする姿勢が会社を動かすと筆者は考えている。そして、その姿勢が現場で社外連携を進めるチームの活動を後押しして、安心感を与えることにつながるので、結果に結びつけやすくなる。
また、実際に活動が進む中では、現場レベルの意思決定が難しいというケースが頻出する。そのような場合もトップが迅速に対応し、現場でのコミュニケーションや問題解決法の検討まで介入し、時には相手企業と交渉まで行う必要がある。現場に任せることが信頼を示すことであり、トップは最後まで前面に立たないという文化が根強い企業もあるかもしれないが、スピードが最優先の社外連携において、その姿勢が価値を生むことはないだろう。
2000年代、建設機械メーカーのコマツが急成長した背景には、M&Aを含むオープン・イノベーションがあったとされる。そして、歴代社長の坂根正弘氏や野路國夫氏がみずから現地に乗り込み、即断即決したことが成功の要因だと言われている。コマツほどの大企業ですら、社外連携の際にはトップが活動にコミットするのである。当社のような中小メーカーの連携において、それは言わずもがなではないか。
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日本には、世界に誇る技術力を持ちながら、そのポテンシャルを活かしきれていない中小メーカーが多数存在する。そのような状況を変えるために、筆者は中小企業による社外連携の究極的な形として、緩やかな連携による「バーチャル大企業」の誕生を目指すべきだと考えている。
国内には400万社を超える企業が存在し、製造業だけで40万社に上る。その9割以上は資本金3億円以下の中小メーカーだ。その中には安定的に好業績を上げる企業もある一方、当社のように業績の安定化や持続的成長に苦戦する企業もある。このような企業同士が互いに連携することで緩やかな集合体、すなわちバーチャルな大企業をつくることで、大手メーカーに匹敵するような付加価値を生む仕組みを実現できるのではないか。
同じ業種に属する企業の集合体でも、特定の地域に集まる企業同士の集合体でもかまわない。バックオフィス機能を共有化するなど効率化を進めると同時に、各社の強みを活かして開発や製造面で補完し合うことで、最適な経営を実現できるかもしれない。中小メーカーによる社外連携の最終形は、バーチャル大企業を通じた日本のものづくりの活性化ではないだろうか。