相転移に先んじて行動する

 2021年7月、自動車業界で衝撃的なことが起きた。1909年に創業し、世界で最も高価なハイパーカーを製造するブガッティが、2009年にマテ・リマック(33歳)が創業・経営するクロアチアの新興自動車メーカー、リマック・アウトモビリと合併する意向を発表したのだ。両社の隔たりは100年の時だけではなく、2つのまったく異なるモビリティの技術的・哲学的ギャップだった。

 1998年にブガッティの親会社となったフォルクスワーゲン(VW)は、24億ドル以上を投じて時速300マイル超、0-60マイル加速が2.5秒以下という内燃機関車を開発していた。しかし、電動化が進む未来において、ブガッティの行く末は不透明だった。次世代の高性能電気自動車をつくるには、多額の投資が必要なだけでなく、AI(人工知能)を搭載した電動パワートレインを開発するためのまったく新しいケイパビリティが必要とされた。

 リマックが新興であるにもかかわらず、VWの幹部らは相転移が間近に迫っていることを認識し、早期に行動を起こさなければならないと考えた。彼らは、単にリマックにアウトソースするのではなく、パートナーシップを提案した。

 それは賢明な判断だった。AI、オートメーション、そしてアルゴリズムは現在、空力設計からバッテリーの最適化まで、ハイパーカー開発のあらゆる段階に浸透している。

 ただし、VWにとってのブガッティ合併の価値は、AIに関する専門性だけではなかった。リマックは自動車業界における挑戦者として、ユニークなケイパビリティを進化させていた。伝統的なアプローチを取るためのリソースがなかったため、リマックはイノベーションを起こす必要があった。

「会社を設立した時、独自の技術を開発する以外になかった」と、マテ・リマックは筆者に語った。「サプライヤーに既存技術のロイヤリティを支払ったり、技術開発を依頼したりする余裕はなかった。また、私たちが求める性能や機能は、既存の技術では実現できないものだった。そこで3Dモデリングやデジタルテストを駆使し、迅速かつ低コストで主要システムのほとんどを自社で構築した」

 相転移は、残念ながら一度限りではない。テクノロジーの破壊は、ビジネスモデル、顧客行動、業界の力学に連鎖的な変化をもたらす始まりである。VWはいち早く新興のテクノロジー企業と提携したが、トランスポーテーションはいまだ21世紀の改革の初期段階にある。

 リマックは、「これまでの自動車業界では考えられないような大きな変革が起こるだろう」と言う。「人々が車を運転したり所有したりすることがなくなり、モビリティがサービスになれば、車を所有することはかつてほど必要ではなくなる。自動車メーカーはモビリティプロバイダーとなり、自動車をサブスクリプションで提供し、ボタンを押すだけで自律走行ができるようにしなければならない。これは新しいプレイヤーにとって、大きなチャンスだ」