(1)準備
MBAの学生は、かの有名な「コールドコール」を前にしては、どこにも逃げ隠れできない。コールドコールとはビジネススクールが授業を開始する手法で、ケースについてクラス全体でディスカッションを始める前に、担当教員が学生の中からランダムに1人を指名し、当該のケースについてあらゆる質問を投げかけるというものだ。
卒業から何十年経っても、卒業生は自分やほかの誰かが教授に指名され恐怖で凍りついたことや、教授から厳しく問いつめられても見事にやり抜いたことを鮮明に覚えている。
ケースメソッドは予習をする強力なインセンティブとなる。たいていの学生は、数時間かけてケースを読み、重要な部分にハイライトを入れ、討論の準備をする。これは自分一人で行う場合もあれば、少人数のグループで意見を交換し、クラスディスカッションに備える場合もある。予習しなくてはいけないケースの数は、あえて学生を圧倒するように設定されている。
準備の習慣(事前に資料を読み、優先順位をつけ、重要なイシューを見極め、最初の見解を持つこと)は、さまざまな職業や仕事の状況で成功の助けとなるメタスキルだ。ビジネスミーティングではきちんと準備をしてきた人、つまり自分が何を言っているのかわかっている人が信用と信頼を勝ち取ることを、私たちは経験から知っている。ケースディスカッションの準備をする習慣は、学生をそのような人物に変身させる。
(2)識別力
多くのケースは長い。たいていの場合、歴史的背景と業界の状況、複数の登場人物、会話、財務諸表、原資料が含まれる。本題から逸れた資料や不必要な資料もあるかもしれない。往々にして落とし穴があり、決定的に重要な情報が欠けていることも少なくない。
ケースメソッドは学生に対して、何が本質かを見極めて、そこに集中し、不要なノイズは無視することを強いる。可能な場合はざっと目を通すに留めて、重要な要素に集中することが強く求められるのだ。
これは「情報の量は膨大だが、同時に情報の質に問題がある」というパラドックスに直面する、すべての多忙なエグゼクティブに必要とされるメタスキルだ。ある卒業生は、これを実に的確に表現してくれた。「ケースメソッドは、小麦と籾殻の見分け方を教えてくれた」
(3)バイアスに対する認識力
学生がケースに目を通した時、最初に示す反応は、自分のバックグラウンドやそれまでの仕事や人生経験に起因することが多い。たとえば、金融業界で働いていた人は、金融というレンズを通してケースを理解する癖があり、それがバイアスになるかもしれない。
しかし、有能なゼネラルマネジャーは多様なステークホルダーがいることを理解し、それぞれの視点に共感できなければならない。特定の視点から物事を見る傾向が身についてしまっている場合、数十のケースに関して議論することで、そのバイアスを明らかにすることができるだろう。
学生が自分のバイアスを理解すれば、それを是正することができる。あるいは自分とは異なるクラスメートの見解にこれまで以上に慎重に耳を傾けることで、自分のバイアスを超えた視点を理解する助けになる。
みずからのバイアスを認識して是正する能力は、さまざまに異なる職務やバックグラウンドや視点を持つ人と働くことが避けられない環境において、リーダーに有益なメタスキルになるだろう。