デジタル・トランスフォーメーション(DX)の推進や脱炭素化といった社会課題の解決には、高度なスキルを備えた専門職人材の存在が欠かせない。このため、産業界ではいま、専門職人材の獲得競争が巻き起こっているが、実際にそうした人材の獲得と定着に成功している企業は少ない。では、どうすれば専門職人材を外部から獲得、あるいは社内で育成することができるのか。アクセンチュアでインダストリーコンサルティングを統括する中村健太郎氏が解説する。

専門職人材が「採れない、定着しない」理由は、報酬ではない

 いまやどの業界を見渡しても、デジタル化とSDGs(持続可能な開発目標)という世界的な潮流への対応は必須課題であり、多くの経営者も頭を悩ませています。こうした流れに対応できなければ、事業の持続的な成長や、そのための資本調達はままならず、優秀な人材を獲得・定着させることもできません。

 DXにしろ、サプライチェーン全体での脱炭素化にしろ、高度なテクノロジーを活用したビジネスモデルの抜本的な変革や新規事業創出による事業ポートフォリオの転換が必要です。

 たとえば、オペレーションが明確な定常業務や市場調査などは外部の会社に委託することができます。しかし、大きな組織変革を実行したり、新規事業を自社のビジネスの新たな柱として軌道に乗せたりするのは、外部任せでは達成できません。そういったトランスフォーメーションには、デジタルを駆使してビジネスモデルを変革できる人材、あるいはカスタマーエクスペリエンス(CX)を起点として新規事業を創出・運用できる人材など、高度な専門性を備えた人材が欠かせません。

 そうした専門職人材が圧倒的に不足していることが、DXやポートフォリオ転換が進まない大きな要因の一つであり、ほとんどの企業はそれを自覚しています。そのため、デジタル人材に象徴される専門職人材の採用を強化しようとしていますが、オファーを出しても来てくれない、たとえ来ても定着しない。多くの経営者からこうした悩みを聞きます。

中村健太郎
アクセンチュア ビジネス コンサルティング本部
ストラテジーグループ
インダストリーコンサルティング日本統括
マネジング・ディレクター

フューチャーアーキテクト、ローランドベルガー、ボストン コンサルティング グループを経て、2016年にアクセンチュアへ参画。通信・メディア・自動車・鉄道業界をはじめとする多数企業の成長戦略、新規事業戦略策定などを手がけ、技術トレンドにも精通し、昨今は、ロボティクスや人工知能(AI)を活用した新規事業戦略策定・実行支援にも従事。『ポスト・コロナ 業界の未来』(日本経済新聞出版、2020年)監修。その他寄稿等多数。

 専門職人材が「採れない、定着しない」のはなぜか。問題点は以下の3つに集約できます。

 第1に人材獲得が経営戦略、業務改革とひも付けられていないことです。いままで通りの事業を継続するのみであれば、新たな専門職人材は必要ありません。事業変革や新規事業創出を実行するための全社的な戦略を策定し、業務を新しく設計し、実行するためのリソースを定義する。それができていて初めて、新しい人材が活きるのです。

 一見面白そうなオファーであっても、詳細を聞くと、どういう役割を担い、どこまでの責任と権限があり、どのような部下がいて、レポートラインはどうなっているのか。そうした肝心な点が定まっていなければ、専門職人材は来てくれません。プロフェッショナルとしての自負がある人材ほど、職務の中でさらにスキルを磨きたいと思っているからです。

 たとえば、SaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)事業のビジネスクリエーターを募集しておいて、「顧客の悩みを聞き出して、それを解決してほしい」とアカウントマネジャーのような業務を命じてしまう。逆に顧客の課題を集めて製品としてつくり込むアカウントマネジャーが必要なのに、SaaSのプロダクト開発の専門家を採ってしまう。こうしたミスマッチが起こるのは、人材獲得と戦略、業務定義がひも付けられておらず、採用を人事部任せにしていることが原因です。

 第2に、人材の定義があいまいで大ざっぱであることです。デジタル人材と一口に言っても、システムアーキテクトとデータアナリストではスキルはまったく違います。デジタルに次いで脚光を浴びているクリエーターも、コピーライターと動画制作者といった全く異なる職種をクリエーターとしてひとくくりで集めようとしてしまうようなケースが散見されます。

 第3に、採用対象者にとっての魅力をアピールできていないことです。当社の調査によると、専門職人材は報酬が決め手となってオファーを断ったり、辞めていったりすることは意外に少なく、働く環境の魅力を重視しています。