働く環境の魅力とは、一つには大義です。誰のために、何のために働くのか。スタートアップやITサービス側にいた専門職人材は、事業規模が小さかったり、顧客が毎回変わったりするので仕事に大義を見出せず、転職マーケットに出ていくケースがあります。若い世代ほどそうした傾向が強いのですが、採用面接でそういう話が出てこないとその企業への興味を失います。

 もう一つは、実際にその人が活躍できるフィールドがあるかどうかです。たとえば、データサイエンティストであれば、自由に扱える実データとAIを活用してビジネスを変革したり、新しいCXを創出するといった何らかの成果を生み出したりできる環境にやりがいを感じる人が多いです。専門職人材としてのスキルを存分に発揮できる環境があれば、さらに成長でき、次の転職でもプラスになると考えるのです。

 そのように働く環境が重要視されているのに、採れない理由を「報酬が少ないからだ」と決め付けてしまうことも少なくありません。これではミスマッチは解消できません。

 では、専門職人材の獲得と定着に成功している企業は何が違うのでしょうか。それは先述した3つの問題点を解消し、ミスマッチが生じないようにしているということです。つまり、①人材獲得と経営戦略・業務改革をきちんとひも付け、②戦略実行・業務遂行に必要な人材定義を明確に行い、③高いモチベーションを維持しながら能力を発揮できる環境を整えている、ということです。

 これらに加えて、採用後の配置やキャリアプランも非常に重要です。期待した仕事ができないことは強い退職理由となりえます。専門職人材に対するニーズは高く、ともすると社内でも取り合いになりがちです。そのため、最初の配属先である部門の責任者が専門職人材を手放そうとせず、他の事業部門や機能別組織で活躍できる機会を奪ってしまう。それは、本人の成長機会を奪うことになり、モチベーションを低下させます。

 大前提として、全社の改革アジェンダの中で経営戦略、業務定義と一緒に採用後の人材配置を考え、本人にとっても魅力的なキャリアプランを提示する必要があります。非常に少ないながら、それができている企業は専門職人材の獲得・定着に成功しています。

企業が内製化すべきケイパビリティとは何か

 外部の専門職人材を獲得・定着させるうえでは、プロパー社員が担うべき役割、すなわち内製化すべきケイパビリティ(組織能力)は何かを定義しておくことも重要です。そこが明確でないと、外部から獲得すべきケイパビリティも定義できないからです。

 以前は付加価値の高い業務はプロパー社員が担い、定型業務は外注し、定型業務の中でも比較的付加価値が高いものは外部招聘(しょうへい)人材に任せる、という考え方がありました。しかし昨今は、日本でも人材の流動化が進んでおり、企業のトップがプロパー社員でないことも珍しくありません。ですから、付加価値によって内製化と外部化を定義するという考え方は、時代に合わなくなっているといえるでしょう。

 内製化すべきケイパビリティを定義するポイントは、外部人材にとって難しいことは何か、を考えることです。一つには、戦略に合わせた業務定義や人材の要件定義が挙げられます。これは外から来た人がすぐにできるものではなく、長くその組織に所属していて独自のカルチャーを理解しているプロパー人材こそが適任です。

 多様な事業のマネジメントも、外部人材には難しい仕事です。規模の経済でグローバルジャイアントに太刀打ちできない日本企業は、少量多品種の事業を複数運営するコングロマリット経営を行わざるをえません。その際には、複数の事業を横断的に見る多様性のあるマネジメントができる人材が必要になります。一つの事業に特化するスペシャリストと、複数の事業を多能工的にマネジメントできるゼネラリストの組み合わせが重要になってきます。

 この多能工的マネジメントは企業が内製化すべきケイパビリティといえます。すべての事業の中身に精通する必要はありませんが、各事業のビジネスプロセスを理解し、どのような人材が必要なのかがわかる。つまり、業務プロセスに合わせた人材要件の定義は、ゼネラリストであるプロパー社員が行う。それができれば、一つの事業や機能に専念する仕事は、外部から招聘した専門人材に任せる、あるいは外部に委託するといった判断が可能になります。

 専門職人材に関しては、外部から獲得するだけでなく、内部育成もセットで考える必要があります。特にデジタル人材やクリエーターなどは国内では絶対数が不足しているので、外部からの採用だけに頼っていると十分なリソースを確保することは困難です。

 社内で専門職人材を育成する難しさとして、「リスキリングを行うためのいい教育プログラムがない」という理由をよく耳にします。しかし、教育プログラムは手段にすぎず、肝心なのは、リスキリングの必然性を社員に周知することによる、内発的なモチベーションの喚起です。

 アクセンチュアでは、2010年代に入ってからいっきにデジタル化を進め、デジタル専門の組織も立ち上げました。しかしいまは、デジタルはあらゆる領域に関連するという考えからその組織を発展的に解消し、実際にビジネスとしての価値や顧客価値を生み出すフロント領域に人材をシフトさせました。

 それは、デジタル技術を実装することが当社の目的なのではなく、デジタルを活用して顧客企業のフロント領域で実際に新たな価値を創出することが目的だからです。それを社内で周知徹底し、フロント領域で必要な知識を身につける教育プログラムを用意しました。さらに、フロント領域で活躍することが人事考課で高く評価される制度設計に変更したことで、社員の内発的なモチベーションが高まり、人材のシフトをスムーズに進めることができました。

 専門職人材の教育プログラムは、外部の研修ベンダーから調達できますし、探せばクオリティのいいプログラムは見つかります。内部人材育成の要諦は教育プログラムではなく社員のモチベーションに焦点を当て、リスキリングの必然性を周知すること、そしてリスキリングの恩恵を実感できる人事考課やキャリアパスの設計を行うことです。