裏ルート外交

 ほとんどすべての国で、政府との非公式な話し合いは、常に事業運営の一要素である。紛争地域において、この単純な事実は、企業が対立の全当事者と話すことを意味する場合が多い。ロシアがウクライナに侵攻し、西側が制裁を科した現在、裏ルートの企業外交は、国際事業戦略の中心に近いところに据えられるべきである。

 しかし、対話を成立させることは、企業の備えとしては第一歩にすぎない。そこから得た情報を今後の政治リスク対応戦略にどう織り込むかが、危機時にうまく撤退できるか、それとも失敗に引きずり込まれるかの分かれ目となりうる。

 ロシアで事業を行う企業は、自社の事業が根底から覆される様子を目の当たりにしたが、多くの企業は驚くほどの強硬姿勢を取っている。

 今回の事態へと至る前に、先見性のある企業の多くは、自社の政治リスクと企業価値評価を広く深く再検証していた。そして、特定の国から撤退するか否かという即時の決断が求められる危機に備えると同時に、政治の世界とその影響について高度な知識を築いていた。そうでない企業は、「普段通りのビジネス」をしていた。

 危機の勃発以前に異なるアプローチを取ってきた2社、BPとルノーの例を見てみよう。

 BPは30年にわたりロシアで事業を運営してきたが、保有するロシア国営石油会社ロスネフチの株式を売却して250億ドルの潜在的損失を被ることを、取締役会はわずか3日で容認した。

 BPはプーチン政権下で腐敗したオリガルヒ(新興財閥)との長年にわたる対立を経て、適切な距離を保ち、独立した関係を築いていた。しかし、今回の撤退の速さが意味するのは、たとえそのような関係が築かれていようとも、BPは迅速な出口戦略を事前に準備していたということだ。

 一方、自動車メーカーのルノーは、アフトワズの株式の過半数を保有することで、収益の12%をロシア市場に依存している。アフトワズはロシア最大手の自動車メーカーであると同時に、ミサイルや航空機、AK-47自動小銃などを製造するロシア国営企業(2014年から西側の制裁対象)と提携関係にある。

 この事業提携のおかげで、ルノーにとってロシア経済からの撤退は高コストだ。また、侵攻後に同社の価値の37%が失われたために残留という判断も高くつく。ルノーは、プーチンの軍事機構の関係者たちと深く関わっている。そして制裁措置による物流の問題から事業を部分的に中断したものの、実質的な撤退戦略も、厳しい制裁に対応する計画も有していないと見られる。

 BPもルノーも、ロシアとの強いつながりを持っている。しかし、ルノーはロシアで事業を行ううえで、そのつながりを最も重要な要素だと見なしていた。一方でBPは、政府の介入で事業運営が著しく阻害される可能性があるという事実を認識し、その状況に対する備えが優れていた。

 裏ルートの外交は、BPにおいて、リスクに関する情報を提供する手段として全体的な事業構造に取り入れられた。ルノーでは、それは関係性の強化のために用いられたのである。

 ここから示唆されるのは、企業は問題のある政府を相手にする場合、適切な距離を保ちながら関与する必要があるということだ。デリケートなバランスを保つ行為であり、多くの企業が身につけるべき能力である。