
ビジネスパーソンはもちろん、学生や研究者からも好評を博し、11万部を突破した入山章栄氏の著書『世界標準の経営理論』。入山氏がこの執筆過程で感じたのが、世界の経営学とはまた異なる、日本の経営学独自の豊かさや面白さであった。本連載では、入山氏が日本で活躍する経営学者と対談し、そこで得られた最前線の知見を紹介する。前編では酒井氏の研究する「過去の利用」について話を聞いた。後編では、『世界標準の経営理論』の読み方や、酒井氏の研究の戦略について、入山氏が迫る。(構成:加藤年男)
『世界標準の経営理論』の読み方
入山:前編では、「過去の利用」と呼ばれる研究領域や、その領域に関係した「レトリカルヒストリー(修辞的な歴史)」の話など、酒井先生の最新のご研究テーマと絡めて詳しく伺いました。
後編ではまず、酒井先生が『世界標準の経営理論』を読んでくださっていたとのことで、感想をぜひ、本音で教えて欲しいです。

東北大学大学院 経済学研究科 准教授
早稲田大学法学部卒業、一般企業在籍中の2012年に一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。企業退職後、2015年に一橋大学大学院商学研究科博士後期課程を修了、博士(商学)取得。2019年より現職。2020年に経営史学会出版文化社賞(本賞)、2021年に第37回組織学会高宮賞(論文部門)を受賞。Business Historyなど国際学術誌に論文を発表している。2022年6月発行の『組織科学』では、特集「経営・組織論研究における歴史的転回」の責任編集を務める。
酒井:特に大学院生にすごくいい本だと思いました。学部生でも、ちゃんとした経営学の卒論を書きたい学生には薦めたいですね。というのも、卒論や修論を書く際、多くの学生は特定の企業の現象に着目して調べ始めるのですが、それがどういった経営理論に繋がるのかについて、よく分かっていないことが多いんです。
『世界標準の経営理論』は、その現象はこの理論と結びつくかもしれない、ということを自分で発見するための、よい見取り図になりますね。
入山:ありがとうございます!結果的にこの本はビジネスパーソンにすごく売れましたが、実は私のそもそもの狙いも、大学院生や学部生に手に取ってもらうことにあったんです。
酒井:真面目な院生は、よく調べて豊富なデータを持ってくるのですが、理論的貢献については分からなくなって、迷子になってしまうんですね。一般的に日本では、理論からではなく現象から掘っていくパターンが多いので、その時に有用だと感じました。
入山:酒井先生は制度理論(インスティテュ―ショナル・セオリー)もご専門ですよね(注:詳しくは『世界標準の経営理論』第28章を参照)。私はあの理論はまったく専門ではないので、ツッコミどころがたくさんあったのではありませんか(笑)。
酒井:制度理論の項目は最初に読みました。比較的新しいトピックスであるインスティテューショナル・アントレプレナーシップまで網羅されていて、面白く読めました。
入山:先日、初めて制度理論を使って実証論文を書いてみたんです。そうしたら、その奥の深さに驚きました。ただ他方で思うのは、制度理論は理論的な拡張性が広すぎて、逆に最近は「何でもあり」になってきていませんか。僕はそういう懸念を持ちました。
酒井:大きな傘になり過ぎたきらいはありますね。経済学では説明しにくい組織現象を説明できるものとして制度理論に注目が集まり、研究する人も増えていました。
制度理論は制度的同型化の話で終わってしまうことも多かったのですが、そこから制度をどう変えていくか、制度がそもそもどう構築されてきたのかが議論されるようになっていきました。
そして、英雄的なアントレプレナーが変えていくだけではなく、普通の人たちの日々の取り組みの蓄積が制度に働きかけて、制度を変えていく、インスティテューショナル・ワークという考え方も、10年くらい前から登場しています。ただ、広がり過ぎたことで、最近は制度という言葉を積極的に使わない組織論研究者も増えてきているように感じます。