現在の業績と経営者の能力は直結するのか
入山:先ほど、コマツの名前が出ましたが、そのMBA時代からの研究をまとめたものが、『日本経営学会誌』に掲載されました。これが、酒井先生が最初に出された査読付き論文ですよね。
酒井:はい、これはコマツの特殊なサービスを行う組織能力を見て、それがアメリカのキャタピラー社にとっての破壊的なイノベーションになったことを説明した研究でした。
入山:私もコマツには興味を持っているのですが、酒井先生から見てどのような点がコマツの強さでしたか。
酒井:KOMTRAX(コムトラックス)という独自のITシステムを利用したサービスの能力がどう構築されたかを調べていくうちに、苦境において地道に種を蒔く経営者の重要性を感じました。
実は、そのサービスにもつながる積極的なIT投資を始めたのは、コマツが業績回復を果たして世間に大きく注目された2000年代の経営者ではなく、1990年代の経営者だったんですね。ただ、当時は業績が悪かったので、業績が回復した時の経営者に比べると、彼はあまり評価されなかったようですし、IT投資についても当時はそれほど理解されなかったようです。それでも彼は、自分の仕事として、しっかり種を撒いてから、次の経営者にバトンタッチしたように思います。
企業が成功する背後には、通常長く複雑な因果連鎖がありますから、時間をさかのぼり、広く歴史のコンテクストを見ることが重要だと思います。そうすると企業の成功要因や経営者の評価も、かなり違って見えてきます。そうしたことも、経営を歴史的に見ることの1つの意義でしょう。現代の経営学は、原因と結果をやや単純に捉える傾向にあるような気がしますし、そうした見方が、実践家にも伝播しているような印象もあります。
入山:たしかに現在の経営学の主流は、経営者と現在の経営事象のパフォーマンスを直結させ過ぎるきらいがありますよね。私もそう感じます。それぞれの経営者の能力や個性がそのまま戦略やパフォーマンスに直結することはそれなりに説明力がありますが、よく考えると、それがすぐ業績につながるかどうかは怪しいところもある。本来は何世代もかかって影響しているのかもしれないですし。
酒井:ある要因が効いているとして、その背後に、どんな要因が繋がっているか、ですよね。時代の影響もあったかもしれません。だから、もう少し長く広く、いい意味で複雑に見ていくと、さらに経営の理解は深まるように思います。そういう経営の見方が世間に広まり、経営者の評価の仕方も変わってくると、いまこの時のためだけではなく、次の世代のための経営行動が促されるのではないか、などということも考えたりしますね。
理論的視点で現象をとらえる
入山:酒井先生の研究分野は、歴史のように複雑な因果連鎖を扱っていますよね。一方で、社会科学では、理論でスパッと切って説明しなければいけないこともありますよね。そのへんのせめぎ合い、バランスに悩まれたりしていませんか。
酒井:そこは確かに悩むところです。私は、時空を超えて通用する理論命題を社会科学で提示するのは難しいと考えていますが、こうした状況ではXがYに繋がりやすいといった、ある程度安定的なパターンはあると思っています。そのためにも、コンテクストに注意を払いたいのです。
あと、経営理論を、現象を見るための視点として理解するのが大事だと思います。そうした視点をいくつも持っておいて、この理論ではきれいに語れないと思ったら、違う理論的視点を探すとクリアに見えてくることもあります。理論的視点がないと、経営の現実はあまりにもカオスで、何も見なくなる。その意味で、実践家も、さまざまな経営理論を学ぶことが重要だと思っています。
入山:酒井先生のお話は納得ですね。『世界標準の経営理論』は、現実を読み解く切り口(理論)が約30あるんだよと紹介した本とも言えます。ただ、この本ですごく強調しているのは、理論はただの「思考の軸」だということなんです。理論を使って、いろいろな現象を説明したりもしていますが、それらは「唯一の解」ではないんですよね。酒井先生のおっしゃるように、理論を軸に、複数の視点からビジネスをはじめ、あらゆる現象を見て考えることが大事だと、今日のお話で改めて痛感しました。
本日はありがとうございました!
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入山章栄氏と野中郁次郎氏による対談はこちら
動画連載「入山章栄の世界標準の経営理論」はこちら
【著作紹介】
世界の経営学では、複雑なビジネス・経営・組織のメカニズムを解き明かすために、「経営理論」が発展してきた。
その膨大な検証の蓄積から、「ビジネスの真理に肉薄している可能性が高い」として生き残ってきた「標準理論」とでも言うべきものが、約30ある。まさに世界の最高レベルの経営学者の、英知の結集である。これは、その標準理論を解放し、可能なかぎり網羅・体系的に、そして圧倒的なわかりやすさでまとめた史上初の書籍である。
本書は、大学生・(社会人)大学院生などには、初めて完全に体系化された「経営理論の教科書」となり、研究者には自身の専門以外の知見を得る「ガイドブック」となり、そしてビジネスパーソンには、ご自身の思考を深め、解放させる「軸」となるだろう。正解のない時代にこそ必要な「思考の軸」を、本書で得てほしい。
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