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景気後退の気配が近づく中では、リーダーは動きを止めて、生き残りに注力しようとするかもしれない。景気が後退してリソースが不足すれば、イノベーションどころではないと考えるからだ。しかし筆者は、歴史を振り返れば、景気後退がイノベーターに3つの特別な機会をもたらすことがわかると指摘する。ゲームチェンジャーとなる製品やサービスを投入したり、シンプルで安価なソリューションを提供したり、大胆な戦略的行動に出たりすることができるのだ。本稿では過去の事例を紐解きながら、景気後退期に立ち止まることなく、独自の機会を見出し、イノベーションを実現するための方法を論じる。

景気後退はイノベーターに3つの機会をもたらす

 景気後退の気配が高まっている。もし本当に景気が後退すれば、それはイノベーションの停滞を招くだろうか。必ずしもそうではない。景気後退がイノベーターに3つの特別な機会をもたらすことは、歴史によって示されている。

(1)ゲームチェンジャーとなる製品・サービス

 景気後退を引き起こしている重大な事象の「残響」を打ち消すような、革新的な製品やサービスを提供するスタートアップは、飛躍することができる。

 たとえば、宿泊先と体験のオンラインマーケットプレイスであるエアビーアンドビーは、不景気真っただ中の2008年に創業された。同社のサービスは、安く旅行する方法を探している倹約志向のミレニアル世代を惹きつけた。ウーバーのカーシェアリングモデルも同様だ。

 世界金融危機の後、伝統的な金融企業に対する根強い不信感は、新たな決済代行会社の勢いを後押しした。正方形の白いクレジットカードリーダーで知られる決済サービスのスタートアップ、スクエア(後に社名をブロックに変更)をジャック・ドーシーが創業したのは、2009年のことである。

 ツイッターの創業にも参画したドーシーは、「新しい会社を立ち上げたり、新しいアイデアを始めたりするのに最適のタイミングは、不況期や景気後退期だ」と振り返る。「新しい何かを創造するために、本当の意味で創造的になる必要がある人々がたくさんいる」

 時計の針をさらに戻してみよう。ウォルト・ディズニーがその名を冠した会社を立ち上げたのは1923年、世界が切実に希望を必要としていた時期だ。気候変動に対処し、独裁国家への依存を減らすための代替エネルギー源、食品の安全性向上、より信頼性の高いサプライチェーンの必要性が、今日の起業家のエネルギーを惹きつけることは理に適っているといえる。

(2)シンプルで安価なソリューション

 財布のひもがますます固くなり、不透明感が続く中で倹約を迫られている消費者とつながる製品・サービスを投入するうえで、景気後退期は絶好の機会となりうる。

 第2次世界大戦直後の1948~1949年は、景気が後退した。戦後の好景気が訪れる前のことである。1948年にマクドナルド兄弟は、経営するドライブインレストランの給仕を全員解雇し、旗艦店を閉じた。新しい設備を導入し、新たな調理方法を取り入れて再オープンしたのは、3カ月後のことだ。

 一人の熟練料理人に、注文に応じて調理させる代わりに、マクドナルドはメニューを簡素化し、非熟練者でも同じものを何度も繰り返し用意できるようにした。マクドナルドのメニューはすべて、消費者が運転しながら片手で食べられるようになった。

 これは、ヘンリー・フォードの組立ラインの手法を、食品サービスに応用したものであった。マクドナルド兄弟は、このモデルを「スピーディー・サービス・システム」と呼んだ。これにより、調理人の雇用と解雇が格段に容易となり、価格を下げて料理を迅速に提供できるようになった。

 この新しいビジネスモデルは軌道に乗り始めた。1953年、同社は他の起業家に店舗のフランチャイズ権の提供を開始した。フランチャイズ店のオーナーだったレイ・クロックは、1961年に兄弟から会社を買収し、マクドナルドを今日の巨大グローバル企業へと成長させた。

(3)大胆な戦略的行動

 景気後退期は、成熟企業が劇的な変化を起こす絶好の機会となりうる。

 シャンタヌ・ナラヤンは2007年12月、アドビのCEOに就任した。創業25年を迎える同社は、行き詰まっているように見えた。フォトショップやページメーカーといった製品が伸び悩んでいたのだ。敏捷なSaaS企業が、ライバルとして台頭し始めた時期でもあった。そこに世界金融危機が襲来し、最も強固な既存企業にさえも困難を突きつけようとしていた。

 これらの課題に直面する中、ナラヤンと配下のチームは大胆な変革戦略をとった。2008年に彼らは、フォトショップのソフトウェアデリバリーモデルの実験を行った。数年後、アドビは「背水の陣」を敷き、ソフトウェアのパッケージ版の生産を停止して、SaaSモデルに完全移行した。

 2009年、アドビはアクセス解析大手のオムニチュアを約18億ドルで買収した。金融危機以前のピークに比べて40%安い価格だ(ただし、金融危機さなかの底値に比べれば、2.5倍の額である)。この買収は、広告サービスとアナリティクス関連の新規成長事業を構築する取り組みの土台となった。2009~2019年の間に、アドビの売上高は3倍になり、株価は毎年29%上昇し、この10年間で最も優れた変革企業の一つとなったのである。