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「人工妊娠中絶は合衆国憲法が認める権利である」とした約50年前のロー対ウェード判決が、2022年に覆された。2022年6月のドブス対ジャクソン判決で、米連邦最高裁は、合衆国憲法は人工妊娠中絶を保障していないという判決を下したのだ。そのため、企業は長期と短期を見据え5つのアクションを起こすべきだと筆者らは主張する。アクションに取り組むことで、会社の評判と従業員の忠誠心、職場における女性の力から、報いを受けることができるという。

人工妊娠中絶は合衆国憲法で権利として認められていない

 米連邦最高裁は、2022年6月のドブス対ジャクソン判決で、「人工妊娠中絶は合衆国憲法が認める権利である」としたロー対ウェード判決(1973年)を覆した。それ以来、多くの企業リーダーは自社内の反応の大きさに驚いている。だが、驚くべきではない。むしろこれは、現在そして未来の従業員のために、企業が対応措置を強化する機会と考えるべきだ。

 米国の女性にとって、ロー判決の破棄は、コロナ禍で苦しかった2年半に追い討ちをかけるようにやってきた。2020年の時点で、白人女性の賃金は、白人男性の賃金の73%にとどまっていた。黒人女性の場合は、黒人男性の賃金の58%、ヒスパニック女性ではヒスパニック男性の賃金の49%だ。

 そこにコロナ禍がやってきて、子どもの学校がオンライン授業になったり、託児所が閉鎖されたりしたために、子育ての負担が女性の肩にいちだんと重くのしかかるようになり、多くの女性が働くことを辞めた。女性政策研究所(IWPR)によると、現在も、働く女性の数は2年前より200万人少ない

 優秀な人材を獲得するための競争が激しくなる中、企業には従業員が直面する問題を解決する一定の責任がある。この責任を負わなければ、優秀な人材の採用や維持に苦労することになるだろう。

 企業リーダーはドブス判決の前から、女性従業員を維持したり、職場復帰させたりするためには、職場環境をつくりなおす必要があると、専門家から助言を受けていた。ドブス判決により、女性を引き寄せ、育成し、報酬を与えることはさらに難しくなるだろう。米国では、従業員の医療保険料を事業者が一部負担する仕組みになっているため、従業員がリプロダクティブ・ヘルスケアを受けられるかどうかは、企業が対処すべき問題であり、事業活動とは無関係な政治的な議論として切り捨てるわけにはいかないのだ。

 人種的公平や気候変動などの社会問題で、企業のアクションと、それに対する期待が歴史的な高まりをみせている中で、企業リーダーはこの議論を始めようとしている。筆者らが属するPR会社エデルマンが、企業の信頼性について調べた「トラスト・バロメーター」2022年版によると、米国人が社会問題について正しいことをしてくれると唯一信頼している機関は、企業だった。

 中には、ロー判決で認められた中絶権が消滅する可能性を早い段階から察知して、対策を練ってきた企業もある。そのきっかけとなったのは2021年秋、妊娠6週間を過ぎた中絶を事実上禁止するテキサス州法を、連邦最高裁が合憲とみなした判決だ。この判決を受け、エデルマンはクライアント作業部会を設置した。しかしいまは、すべての企業が長期的アクションと短期的アクションを検討する必要がある。そのいずれにおいても、第一歩は、自社の従業員をサポートすることだ。