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9月30日に『「顧客愛」というパーパス <NPS3.0>』(プレジデント社)が上梓される。同書の監訳、解説を務めた本稿の筆者によると、顧客ロイヤルティを計測するネット・プロモーター・スコア(NPS)を導入する企業は増えているが、その導入効果を十分に享受できていないという。そこで本稿では、NPS活用の課題を明らかにするとともに、NPSを補完する新たな概念「プロモーター獲得成長」(Earned Growth)について解説する。ファンケルの事例を踏まえ、NPSの課題を克服し、顧客ロイヤルティを成長戦略につなげる方法を提案する。

NPS活用の課題

 2003年に、顧客ロイヤルティを計測する「究極の質問」として登場したNPS(ネット・プロモーター・スコア)は、企業の売上成長と相関し、かつシンプルであるという特長により、米国で急速に普及した。現在ではフォーチュン500のうち6割以上の企業が導入するまでに至っている。日本でも2010年代に入ってからNPSを導入する企業が徐々に増えていることを実感している。

 また、単なるスコアの計測や分析に留まらず、NPSを活用してビジネスで優れた成果を上げる企業も数多く登場している。顧客を自社のパーパスの中心に据え、「顧客の声」を起点として持続的に顧客体験を革新し続けている企業だ。

 一方で、NPSに対する部分的な理解や自己流の解釈で取り入れたことで、NPS本来の力を十分に活用できないケースがある。ほかにも、企業内での優先順位、企業文化、権限、予算の制約といった課題に直面する場合もある。顧客に優れた価値を提供することをビジョンで掲げたものの、その入り口で右往左往してしまう企業も散見される。

 多くの日本企業が直面するこのような課題を踏まえながら、本稿では、どうすれば顧客体験を革新し続け、ビジネスの成長に結びつけることができるのかについて考察したい。

企業と顧客の関係構築は経営課題である

 ベインが過去に日本で実施した消費者調査では、企業が積極的に顧客へアプローチし、顧客をNPSでいうところの「批判者」から「中立者」や「推奨者」に変えていくことによって、より多くの自社製品やサービスが長期間にわたり購入される可能性を高められることがわかっている。また、このような顧客は、みずからが好んだ企業や製品を家族や知人にも推奨する。

 すなわち顧客を中心に据え、企業から顧客への「愛」を軸に事業を展開することで、自社や製品のファンを増やし、ビジネスを成長させるという経営のあり方は、十分に有効である。

 日本企業でも、顧客への愛を軸に事業を構築し、高い水準の顧客ロイヤルティを継続的に実現できている「ロイヤルティリーダー」といえる企業は存在し、そのような企業は優れた業績を実現している。

 ベインが実施した最近の分析でも、継続してNPSが高く、顧客志向を実現できていると考えられる企業、いわゆる「顧客愛」の勝ち組企業の株主価値リターン(TSR:累積総株主利益率)は、TOPIX(配当込み)のパフォーマンスをおおむね上回る結果となった(下図)。

 企業から顧客への愛を起点に、やがて顧客からも企業への愛が生じる。結果として企業と顧客は、双方向から結びつくことになる。このような「顧客への愛」が持つポテンシャルの大きさにもかかわらず、日本における顧客ロイヤルティへの取り組みやNPSの活用は、まだ初期ステージにあるというのが実感だ。

 多くの日本企業では、NPSを既存の顧客満足度指標に追加、もしくは置き換えるものとして導入を進める一方で、顧客ロイヤルティ自体の経営上の位置付けや、「顧客の声」を活かすアプローチについては、従来のやり方が残存していることが多い。

 売上げや利益などのビジネス指標とは異なり、問題がないかチェックするための「コンプライアンス指標」として取り扱われており、将来の成長を駆動させる「投資対象」としての先行指標と位置付けられていない。

 その結果、NPSを通して収集した「顧客の声」は、現場のサービス改善努力のプッシュにはつながっているが、顧客接点のデジタル化への投資やリソース再配置といった経営レベルでの意思決定、あるいはマーケティング、商品価値設計、顧客ジャーニーの再設計など、事業の運営方針には必ずしも活かされていない。

 現場と経営の両方で、組織的に学習・改善サイクル(フィードバックループ)を回し、ファン顧客をてこにしたビジネス成長につなげる経営の仕組みとしての「ネット・プロモーター・システム」にまで昇華できている企業は少数派ではないだろうか。

 最大のボトルネックは、多くの企業が顧客ロイヤルティを経営の重要課題と認識していないことにある。顧客ロイヤルティに時間やコストを投下することについて、合理的な説明がない場合、「顧客愛」の価値を信じる経営トップの「鶴の一声」でもない限り、取り組みの優先順位が上がらず、必要な投資やアクションの意思決定も行われないのが実態ではないだろうか。

 ではどうすれば、「顧客愛」という理念とビジネス上のロジックをつなぎ、事業成長へ導くことができるのであろうか。