ファンケルは「顧客愛」を起点に
理念と収益を連動させる

 化粧品業界の分析例でも取り上げたファンケルについては、顧客起点で企業運営を行い成果につなげている「顧客愛の勝ち組企業」として、ベインも以前から注目してきた。

 ファンケルと言えば、「正義感を持って世の中の『不』を解消しよう」という創業理念のもと、無添加化粧品やサプリメントなどを世に送り出し、顧客の声に耳を傾けながら、顧客体験の革新に向けた挑戦を続けている。

 具体的なアプローチとしては、年1回の「お客様」へのNPSアンケートに基づき、優れた顧客体験を提供するためのアクションを経営層のコミットメントのもと推進している。

 NPSのみならず、既存顧客からの売上継続率(NRR)やクチコミ発信数など、顧客への価値提供を収益や企業価値の持続的な成長につなぎこむためのKPI(重要業績評価指標)についても、定量的に計測しながらPDCAサイクルを回している。

 一見すると「当たり前にやるべきこと」に真摯に取り組んだ好事例のように感じられるが(それだけでも素晴らしい成果である)、つぶさに見ていくと、このような「当たり前」の背景に、強固な顧客起点の文化や、それを成果につなげるための巧みな経営上の仕組みが備わっており、形式的な仕組みに「魂」が込められていることが分かる。

 以下、ベインが考える「顧客愛の勝ち組企業」に至るための4つの要件に沿って紹介したい。

(1)「顧客愛」をパーパスに掲げる

 素晴らしい創業理念が「お題目」として忘れ去られる企業が多い中、ファンケルでは、大企業となったいまも創業理念を組織に刷り込み続け、次世代に伝承している。従業員の教育機関であるファンケル大学では「お客様のことを大切な家族だと思って向き合う」といった基本原則が伝えられ、仕事を進める上での指針となっている。

 またオフィスに掲げられた日めくりカレンダーでは、毎月4日に「会社の成長は、『お客様にどれだけ喜んでいただけたか』に正比例する」と大書されたメッセージに向き合うこととなる。

 さらには、社長も出席する毎週の社内ミーティングでは、顧客からの生の声に従業員が向き合う機会も設けられている。こうした結果、あらゆる経営上の意思決定において「お客様にとって正しい判断か」を問い続ける文化が醸成されている。

(2)従業員の意欲を引き出す

 コールセンターや店舗、配送センターなど、顧客との接点を担う最前線の従業員は、優れた顧客体験を提供していくうえで重要な存在である。一方で、こうした従業員の意欲を官僚的な組織の壁やプロセスが阻んでいる例は枚挙に暇がない。顧客の声と向き合う現場が想像力と創造力を発揮してそれぞれに臨機応変に対応することがカギとなる。

 海外の先進事例では、最前線の従業員に一定の裁量と予算を与えて顧客起点のサービスを担保することもあるが、ファンケルは異なるアプローチを取っている。

 目の前の顧客に喜んでもらうために、現行のプロセスや基準を変える必要があると最前線の従業員が判断した場合、上長にエスカレーションして決裁を仰ぐことが奨励されている。「実際にかなり多い件数が上がってきて、組織を超えて活発に議論されています」という声も聞く。

(3)卓越した存在になる

 先述した日めくりカレンダーでは、「お客様に感動を与えることができない会社は消滅します」というメッセージも掲げられている。消費者はさまざまな業界で提供される優れた顧客体験に日々接しているなか、「感動」のバーは常に上がり続けている。

 ファンケルは、店舗と通販をまたいで優れた体験価値を提供することを目指しており、顧客からのフィードバックに基づきさまざまな施策案を試し、検証も行う。成果が確認されたものから、全社もしくは関係組織を巻き込みスケールさせている。

(4)ファンである顧客の力を集結する

 ファンケルでは「一過性の売上げを追っても仕方ない」という考え方のもと、自社のファンである顧客に対する手厚いプログラムを推進している。たとえば利用額の多いロイヤルユーザーに対するリワードを厚めに設計しており、実際に既存顧客の売上維持率の向上につなげている。

 これに加えて、顧客にアンバサダーとしてSNS上で活動してもらったり、キャンペーンを行う際にも顧客から公募したデザインを採用したりするなど、ファン顧客の力を集結させて新規顧客の開拓につなげている。またこうした活動を通してさらにファン顧客の「愛」を高める効果も狙っている。

 ファンケルは、「顧客を愛する」という理念を先行させつつ、企業規模が大きくなる中でも創業時の企業文化や顧客への向き合い方を維持、進化させてきた。また、単なる精神論に留まらず、意思決定に顧客の目線を持ちこみながら売上げ、利益などの財務成果との両立、連動を図っている。

 こうしたことから、「顧客愛」という理念とビジネス上のロジックをつないだ好事例であると考えている。

 本稿が、「顧客愛」を軸としてビジネス成長を実現するうえでの参考になれば幸いである。