「顧客愛」を数値で可視化する
NPSの考案者であるフレッド・ライクヘルドらは、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』の2022年7月号に掲載された論文「ネット・プロモーター3.0」で、NPSを補完する指標として「プロモーター獲得成長」(Earned Growth)を提唱した。
これは、既存顧客からの継続的な売上げと、既存顧客からのクチコミ・推奨によって生み出された新規顧客からの売上げにより、どの程度自社の売上げを成長させられたかを示す指標である。
この「プロモーター獲得成長」の視点が、先に述べた課題を解決するためのカギになりうると筆者は考えている。顧客ロイヤルティへの取り組み(NPS)を、経営上の関心事である収益や企業価値の持続的な成長につなぎこむことが実現するからだ。
なおプロモーター獲得成長は「ネット・プロモーター3.0」で新しく生み出された概念であるが、このうちの一部を構成する既存顧客からの売上継続率(NRR:ネットレベニューリテンション)については、本来であれば多くの企業ですでに計測していてもおかしくない指標である。
ところが、2022年5月時点で、日本の上場企業3822社のうち売上継続率もしくは同義の指標を公表しているのは36社にすぎない。これでは、顧客ロイヤルティの向上を通してビジネス成長を遂げるというアプローチに対する社内外のステークホルダーの理解を得て、取り組みの進捗を評価することは困難である。
「プロモーター獲得成長」を利用して顧客愛を数値化するためのステップは2つである。まず「戦うべきフィールドを明確にすること」。次に「戦うべき2つのゲームを経営目線で可視化すること」である。
ステップ(1) 戦うべきフィールドを明確にする
顧客ロイヤルティの向上に取り組む際に見逃しがちな視点が、注力すべき事業や顧客セグメントの定義と選択である。
リソースが限られる中ですべての顧客を満足させることは現実的には困難であり、仮にすべての顧客を満足させようとした場合でもセグメントの違いに着目することは重要だ。戦略的に最も重要な、自社の将来の成長を牽引すべき商品・サービスや顧客のセグメントはどこかを見定める必要がある。
筆者らが支援したある日本企業は、購買力が一定以上ある顧客を「ターゲット顧客」と定義し、ターゲット顧客のNPSを高めることに集中した結果、全社のNPSを業界首位の水準まで押し上げることに成功した。
また、自社にとって最も大切にしたいセグメントのNPSを高めようとした時に、何にフォーカスして取り組むかを考えることも重要である。
すべての顧客ジャーニーの中で、どの顧客体験のエピソードを改善することが最も重要か、また重要な顧客体験について競合との優劣関係はどうなっていて、その差は何によって生まれているか。顧客にアプローチするチャネルごとの体験の品質をベンチマークして解析することが土台となる。
ステップ(2) 戦うべき2つのゲームを経営目線で可視化する
「顧客ロイヤルティを高める」ことと、「顧客ロイヤルティから成果を獲得する」ことは異なるゲームである。種は蒔くだけでなく、育てて収穫しなければならない。その点で、どちらとも戦うべきゲームでもある。
顧客ロイヤルティを高める活動は、NPSによって可視化することが可能で、NPSを高めることによって、より多くの実が成る可能性が高まる。一方、その果実をクロスセルや家族・友人の紹介のような形で刈り取る上では、別の努力や技量が必要だ。
こうした取り組みの成果を可視化するうえで有用になる指標が「プロモーター獲得成長率」(EGR:Earned Growth Rate)である。
NPSとプロモーター獲得成長は、潜在的には互いに相関すべき指標ではあるが、実際にはそうでない場合も多い。あわせて活用することで、自社の「種蒔き」と「収穫」がどの程度うまく行われているのかがわかる。
さらに、自社の収益成長のうちどの程度がNPSを高めることからもたらされているのか、またどの程度将来に向けて持続する可能性が高いのかを明らかにする。このような形で、顧客ロイヤルティへの取り組みを経営レベルの重要課題に引き上げていくのだ。
NPSとEGRの2軸から化粧品業界を分析する
それでは、実際に日本企業におけるNPSとEGRの関係がどうなっているのかを調べるため、化粧品業界を例に取って、簡易な消費者調査を実施した。
なお、各社のパフォーマンスを同じ土俵で比較するために、「戦うべきフィールド」の設定として、顧客と直接やり取りをする関係性が築かれている自社チャネルでのオンライン販売に絞って分析を行った。
下図では、横軸にNPS、縦軸にEGRを取り、各社のポジションを示した。
ご覧いただいた通り、ここでは4つのタイプに分かれる。
NPSとEGRの両方が業界内で相対的に高いプレーヤー(グラフ右上のファンケルと資生堂)、NPSは高いがEGRは低いプレーヤー(グラフ右下)、逆にNPSは低いがEGRが高いプレーヤー(グラフ左上)、両方低いプレーヤー(グラフ左下)である。
当然のことながら目指すべきは、高い顧客ロイヤルティを生み出して収益成長にもつなげられているグラフ右上のファンケルと資生堂のポジションである。
では、それ以外のエリアにいるプレーヤーにとって、このグラフは何を意味しているのだろうか。
まずNPSは高いがEGRは低いプレーヤー(グラフ右下)は、ファンケルや資生堂との比較において、高い顧客ロイヤルティを収益成長に有効につなげられていない。推奨者により多くの自社製品を認知・購入してもらう活動や、家族や知人への推奨を喚起するための仕掛け、また日本においては多くの業界で高い割合を占める批判者の離反抑止において、高EGR企業をベンチマークしながら改善する余地があることを意味している。
逆にNPSは低いがEGRが高いプレーヤー(グラフ左上)は、顧客を囲い込み、生涯価値を高められている一方で、将来の成長の先行指標となる顧客ロイヤルティが脆弱であり、直近は実現できているビジネス成長が今後も継続するかどうかについて疑問符が付くことを意味している。こうした企業にとっては、NPSの改善に注力することが、将来にわたっても成長を持続するための前提条件となってくる。
EGRの計測を正確に行うためには、自社の既存顧客の購入額が前年からどう変化したのか、また新規顧客のうちどの程度の割合が既存顧客からの推奨によってもたらされたのかを、社内データや購入時アンケートなどを通して組み立てていく必要がある。
ただし業界によってはこのようなデータの把握がそもそも難しい場合も想定される。その際は、データの信頼性や精度は下がるものの、本稿で実施したような外部調査パネルを活用した消費者調査を行うことが次善の策となる。
消費者調査を行う場合、化粧品業界の事例で示したような、業界内における自社のポジションを把握して、業界リーダーをベンチマークしながら優先的に改善すべきレバーを見つけていくといった活用も可能となる。
EGRの調査・分析手法については、まだ端緒についたばかりであり、今後グローバル規模で急速に進歩が期待される。