水と農業

 水不足はすでに短期的な危機として存在する。さらには、強力な緩和策をもってしても即座に対処できない重大な長期的課題でもある。水は、人間の生活と世界の農業に投じられる最大かつ最重要なものであり、私たちの健康、生命の維持、生産性に不可欠だが、人工密集地域の多くは、すでに水不足に悩まされている。

 水に関する適応策のうち、最も安価なものは、雨水貯留や効率的な灌漑技術だ。各国が人工的に雨を降らせるためのクラウドシーディングに投資し、干ばつに強い種子を植え、大気中の水を集めるシステムを導入しており、農業用水の節約は明らかに補完的な取り組みだ。

 ロンドンを拠点とするエンジニアリングコンサルティング会社のアラップ(年間売上高は約20億ドル)は、最先端を行く存在だ。洪水制御プロジェクトを進め、ポーランドで自然保水力の強化を、英国では洪水軽減計画を実行している。

 アイルランドの大手建築資材会社キングスパンでは現在、事業ポートフォリオの5%を雨水貯留プロジェクトが占め、その割合は増加している。同社の低エネルギー断熱システムは、ブルームバーグのロンドン本社やシンガポールのチャンギ空港で採用されている。継続的に干ばつに見舞われ、ダムの貯水量が記録的に低下しているシドニー市では、市内にある48の雨水管理システムの監査をキングスパンに委託している。

 開発途上国でも、進展の兆しがある。イスラエルのネタフィム(売上高10億ドル)は、インドの100以上の村落に灌漑システムを設置し、土壌と植物のデータを利用して水の消費量と肥料の使用量を40%削減しながら、収穫量の最適化に必要な量の水を供給している。

 世界60カ国で事業展開し、米、コットン、カカオ豆、コーヒーなどを生産する世界最大級の農産物事業会社オラムは、水不足の地域の川上にある農場や、プランテーションの30%で、農場排水の削減に取り組んでいる。

 水の保全による経済効果には、水の購入、貯蔵、メンテナンスのコスト削減などがあり、その経済効果は企業にも住民にも同じようにもたらされる。特に、想定しうる節水対策の10%しか実施されていないインドのような地域では、このような適応策に対して、より大きな投資と規模拡大がなされるべきだ。

 清潔な水の生成もまた、不可欠かつ成長が見込まれる事業機会だ。既存の海水淡水化システムは石油やガスを動力源とするものが多く、エネルギーを大量に消費している。一方、エレメンタル・ウォーター・メーカーズのソーラー式逆浸透システムは、重力を利用して加圧した海水を浄化するもので、工業用地や住宅地に設置できるほどコンパクトで可動性に優れている。カリブ海のアルバに拠点を置く同社の顧客の場合、水のコストが67%削減され、二酸化炭素排出量が年間180トン削減された。

 テラフォーメーションは、ハワイにある45エーカーの森林再生プロジェクト用地に、完全太陽光発電によるものとしては最大級とされる淡水化プラントを運営している。しかし、同様の事業は、生態系や地域経済の再生につながる可能性があるにもかかわらず、資金が大幅に不足しているのが現状だ。おそらく、最も有望なイノベーションは原子力発電による淡水化であり、これは世界中で大規模な応用が期待できる。

 安定的かつ効率的に管理された水の供給は、水耕栽培やアクアポニックス(水耕栽培と水産養殖を組み合わせたもの)をはじめ、より環境に優しい農業の支援にもつながる。

 たとえば、中国のサナンバイオは北京で大規模な屋内農場を運営しており、栽培面積わずか5000平方メートルで、1日当たり約6トンの葉物野菜を生産している。使用した水の60%は植物が吸収し、残りの40%はリサイクルされている。

 イスラエル、アラブ首長国連邦(UAE)シンガポールなど、小国で戦略的に脆弱な国が、このような食糧生産を牽引しており、水不足に悩む他の多くの地域にも大きな利益をもたらす可能性がある。