キャリアポートフォリオの概念は1990年代初頭、組織研究で知られる経営思想家のチャールズ・ハンディが導入したものだ。彼は、目まぐるしく変化する職場で成功するために「ポータブルスキルセット」を身につける必要性を強調していた。

 以後、ポートフォリオは、フリーランスの仕事の仕方や複数の役割を同時に担う働き方と関連づけて議論されることが少なくなかった。実際、それもポートフォリオの一種ではある。だが、唯一のポートフォリオではなく、HRリーダーが最も関心を持つべき対象とも違う。

 現在では、キャリアポートフォリオは、個々のプロフェッショナルがこれまでの経験をまとめて収納する「容器」のようなものであり、履歴書や職務経歴書をはるかに超える存在となっている。当然ながら、そこには職務や役割、専門スキルといった履歴書に書かれる典型的な要素も含まれるが、履歴書には書かれないが、ほかのすべてを左右するような経験やスキルも含まれている。

 たとえば、子育てやキャリアの空白は通常、履歴書には記されない。採用や人事の世界では、積極的に回避され、スティグマ(負の烙印)を押されることさえあるのが現実だ。

 その一方、キャリアポートフォリオにおいては、中核的な要素となる。なぜならば、それこそが「行動」の原動力であり、同時にその人の「人となり」を丸ごと引き出してくれるからだ。子育てのスキルとは、チームワークやコンフリクト解決、人とのつながりなど、成功する組織文化の核となるスーパースキルである。

 キャリアの空白は往々にして、大きな成長のチャンスとなる。キャリアポートフォリオでは、それらの要素を隠すことはなく、むしろ歓迎するものだ。

 筆者の経験では、多くの組織がこのような原則や可能性に熱意を持っており、ポートフォリオの視点を反映した従業員アフィニティグループ(類似性を持つ少数の集団)や業績評価指標を取り入れているケースさえある。

 だが、そのような組織も、自社のビジョンを一貫してフレームワークや戦略に反映させるための言葉を持ち合わせていない。「キャリアポートフォリオ」という表現は、そのような言葉のギャップを埋め、新たなナラティブが生まれやすくなる。

 実際、「ポートフォリオのナラティブ」は、現在および未来の雇用主に対して、一般的な履歴書には書かれないスキルや、スキル同士のユニークで予期せぬつながりをアピールするための手段となる。リンクトインが最近、プロフィールの職歴欄に「キャリアブレイク」という新たなカテゴリーを導入したのも、この路線に沿ったものだ。ほかにも、ポートフォリオの中身を概念化するのに役立つさまざまなツールが登場している。

 重要なのは、キャリアポートフォリオはギグエコノミーではないという点だ。

 ギグエコノミーは、アプリをスワイプするだけで、オンとオフを切り替えられる柔軟な働き方をもたらしてくれる。キャリアポートフォリオにも多大な柔軟性はあるが(しかも、ギグワークもポートフォリオの一部となるかもしれないが)、スキルやサービスのポートフォリオをキュレートして、将来通用するキャリアを形成することに重点が置かれている。つまり、キャリアポートフォリオとは、時間が経つにつれて変化し、進化するキャリアを意識的につくり出して、キュレートするものだ。

 組織にとって、ポートフォリオのアプローチには人材の潜在能力を最大限に引き出す力がある。その人物のありのままの姿を見るアプローチはまさに、人々が強く求めているものだ。自分が周囲から「見られて」いないことが、多くの人が職場を去る原因になっているためである。

 さらに、自身のポートフォリオを開発できるようにサポートする企業が従業員に用意するものは、出世の階段だけではない。隠れていたスキルを見出して解き放ち、インターナルモビリティを高める新たな方策を生み出し、創造性を刺激し、リーダーシップを発揮する機会を広げることができる。

 そのような企業は、従業員のプロフェッショナルとしての成長と、個人としての成長の両方に投資する。人材を、単に役割を担うだけの従業員ではなく、多大な能力を秘めた人間だと見なしている。